ただねがうこと
***
ふっ、と前触れのない唐突さで、彼方へ飛揚していた意識は現実へと帰還した。
眠っても居ないのに夢を見ていたようだと、マルコは深く息をつき身体をソファの背に預ける。あれは確かエースが十かそこらの頃だ。この家を襲撃され、半壊した部屋の有様を何とか生活できるくらいに修繕し、足りないものを買い揃えていた頃。それまでエースを連れて外出するといえば、白ひげの屋敷かエースの日常品を揃えるくらいしかなかった己に、些細な買い物でもエースを喜ばせてやれるのだと気付かせるいい切っ掛けになったと思えば、胸糞悪い襲撃者達に感謝の一つでもくれてやれるというものだ。
視線を手元へ下ろすと、ダークグレーのソファがマルコの身体を受け止めている。フロア中のソファを見て歩き、結局エースが決めたのは最後にこれがいいと笑ったソファだった。何がエースを満足させたのかよく分からなかったが、その笑顔だけで即決したマルコは暫く経ってそれが届いたとき、二人しか居ない部屋に以前の二人掛けのソファより一回り大きいそれが置かれたのを見て、何かと構ってやれないことの多い子供の精一杯の我が儘を知ったのだ。
本当に、可笑しいほど愛おしかった。
この家に帰ってきたのも、もういつ以来になるだろうか。エースが出て行ってからほとんど帰ることの無くなった、確かに我が家と呼べる温かさのあった部屋。見渡せばそこらじゅうに残っている生活の記憶。温かかった日々の名残。
後頭部をソファの背凭れに預けて強く目を瞑る。このソファ一つでさえも、エースとの思い出が溢れかえっている。寝室でしていた仕事をリビングへ持ち込むようになると、殊勝な態度で静かにマルコの隣に寝転び、その頭を撫でてやると嬉しそうに笑った。その顔を覚えている。マルコに付き合おうとして結局転寝している身体を抱き上げ寝室へ連れて行ったことも数え切れないほど。共に暮らすようになってから、エースは常にたどたどしい思いやりで二人の生活を温かく満たしてくれた。
なのに今、胸に滲むこの虚しさは何だろうか。
窓の外で石造りの町並みが茜色に燃え上がる。
マルコ、と、笑顔で呼びかけてくれていた青年は、今もあの陽光が零れたような笑顔で笑えているだろうか。あのとき、震える背中をどうしても抱いてやることが出来なかった。いつでも迷いの無かった行為を、打ちひしがれていただろう愛おしい青年に与えてやることが出来なかった。
肩口から熱が去っていったとき、そこにあったのが笑顔だったのか泣き顔だったのか、よく覚えていない。ただひどい顔だと思った記憶だけがいつまでもマルコを苛んでいる。
笑っていて欲しいと希う。己にとっては陽光に等しい、あの笑顔で。
それが唯のエゴでしかないと分かっていて、それでもマルコはひたすら願った。
ふっ、と前触れのない唐突さで、彼方へ飛揚していた意識は現実へと帰還した。
眠っても居ないのに夢を見ていたようだと、マルコは深く息をつき身体をソファの背に預ける。あれは確かエースが十かそこらの頃だ。この家を襲撃され、半壊した部屋の有様を何とか生活できるくらいに修繕し、足りないものを買い揃えていた頃。それまでエースを連れて外出するといえば、白ひげの屋敷かエースの日常品を揃えるくらいしかなかった己に、些細な買い物でもエースを喜ばせてやれるのだと気付かせるいい切っ掛けになったと思えば、胸糞悪い襲撃者達に感謝の一つでもくれてやれるというものだ。
視線を手元へ下ろすと、ダークグレーのソファがマルコの身体を受け止めている。フロア中のソファを見て歩き、結局エースが決めたのは最後にこれがいいと笑ったソファだった。何がエースを満足させたのかよく分からなかったが、その笑顔だけで即決したマルコは暫く経ってそれが届いたとき、二人しか居ない部屋に以前の二人掛けのソファより一回り大きいそれが置かれたのを見て、何かと構ってやれないことの多い子供の精一杯の我が儘を知ったのだ。
本当に、可笑しいほど愛おしかった。
この家に帰ってきたのも、もういつ以来になるだろうか。エースが出て行ってからほとんど帰ることの無くなった、確かに我が家と呼べる温かさのあった部屋。見渡せばそこらじゅうに残っている生活の記憶。温かかった日々の名残。
後頭部をソファの背凭れに預けて強く目を瞑る。このソファ一つでさえも、エースとの思い出が溢れかえっている。寝室でしていた仕事をリビングへ持ち込むようになると、殊勝な態度で静かにマルコの隣に寝転び、その頭を撫でてやると嬉しそうに笑った。その顔を覚えている。マルコに付き合おうとして結局転寝している身体を抱き上げ寝室へ連れて行ったことも数え切れないほど。共に暮らすようになってから、エースは常にたどたどしい思いやりで二人の生活を温かく満たしてくれた。
なのに今、胸に滲むこの虚しさは何だろうか。
窓の外で石造りの町並みが茜色に燃え上がる。
マルコ、と、笑顔で呼びかけてくれていた青年は、今もあの陽光が零れたような笑顔で笑えているだろうか。あのとき、震える背中をどうしても抱いてやることが出来なかった。いつでも迷いの無かった行為を、打ちひしがれていただろう愛おしい青年に与えてやることが出来なかった。
肩口から熱が去っていったとき、そこにあったのが笑顔だったのか泣き顔だったのか、よく覚えていない。ただひどい顔だと思った記憶だけがいつまでもマルコを苛んでいる。
笑っていて欲しいと希う。己にとっては陽光に等しい、あの笑顔で。
それが唯のエゴでしかないと分かっていて、それでもマルコはひたすら願った。