「 拝啓 」 (4)
窓ガラスの向こうで響くエンジン音
慣れ親しんだ池袋の街に負けず劣らず、多くの人で溢れかえる空港内
様々な人種がいる此処は、本当なら人間観察をするのにもってこいな場所ではあるが、生憎今の俺には毛ほども興味が無い
耳に様々な国の言語が届いては、全ては雑音として脳から消去されるだけだ
俺は携帯電話の時計を確認すると、目的の搭乗口に向かって人波の中を歩き出した
――行き先は、勿論日本
そう、今日でやっと日本に戻れる
帝人君のところに、帰れるんだ
それを考えるだけで零れる笑みを、微塵も隠そうとは思わない
だって三ヶ月振りに愛しい愛しい恋人に会えるのだから
飛行機に乗る前に一回だけ電話しようかとも考えたが、日本はまだ夜中だったので自重
メールも同じ理由で却下
寝ているところを起こしてしまったら可哀想だ
気付かなくても俺は構わないけれど、彼が目を覚ましたときに気に病むだろうし
大体、もうすぐ会えるのなら、楽しみは取っておいたほうがいいだろう
そんなことを考えながら開いた携帯電話を閉じると、手早く手続きを済ませゲートを潜る
頭の中にあるのは、相変わらず「帝人君に会いたい」それだけ
(この時、電話もメールもしなかったことを悔やむことになるなんて、考えもしなかった)
***
「ふぅ…」
シートに沈み込んで、小さな窓から外を眺める
無駄に晴れた空、高いビルなど邪魔するものがない分東京よりよく見える
そういえばいつか帝人君が、『東京の空は遠いですね』なんて言ってたっけ
俺は意識したことなかったけど、こうして見るとなんとなく帝人君が言ってた意味が分かった気がした
そんなことをぼんやり考えていると、離陸を知らせる英語のアナウンスが機内に流れた
あぁやっとか、と携帯電話の電源を切りながら思う
こっちは一秒でも早く彼に会いたいんだよ、と随分身勝手なことを言っている自覚はある
走り出す機体、速度はどんどん増していく
ふわりと浮かぶ感触に、タイヤが道路から離れたことを知る
未だにアナウンスが聞こえるがそれは無視して、俺は少しの間眠ることにした
(あぁ、昨日はまともに眠れてない。文句でもある?)
別にドキドキして眠れなかったとかそんなわけじゃ、と誰が聞いてるわけでもないのに言い訳をするあたりやばい
これも全部この三ヶ月のせいだ、と結論付けて、俺は目を瞑った
『…ざや、さ……いざやさん』
帝人君の声が、聞こえる
酷く小さくて聞き取り辛いけれど、間違えるはずなどない
『臨也、さん…臨也さん…っ』
どうしたの?どうしてそんな……
『やだ、やだぁ…っ!臨也さ…ん!』
そんな、涙声なの?
作品名:「 拝啓 」 (4) 作家名:朱紅(氷刹)