独善家達の晩餐
帝人と正臣は、思わず杏里を凝視した。コップを渡そうとした杏里が、それに気付いて不安そうに尋ねた。
「あ、あの、どうかしましたか?」
コップを受け取りながら、帝人がくすりと笑った。
「いや、何か嬉しそうだったから。よかったなぁと思って。ね?」
「そうそう。腕によりをかけた甲斐があるってもんよ」
正臣が大袈裟に言うので、帝人がぼそりと呟いた。
「カレーじゃん」
「……ご飯まだあるぞ?」
正臣が目を眇めて言う。帝人は苦笑いで両手を上げた。正臣は満足げに頷くと、両手を体の前に掲げた。
「よし、では手を合わせて下さい!」
三者三様、体の前でぱちりと音を響かせた。
誰もが、こんなささやかな日を懐かしむ。
夕食の時間は、誰にも平等に訪れる。いつかの悪事も知らん顔で、僅かな違和感を伴って。
「はい、お待ちどうさま」
臨也がカレーの皿をテーブルに運んできた。椅子に腰掛けていた新羅が、体を捻って皿を受け取る。
「なんか、座って待ってられると腹立つなぁ。ちょっとは手伝おうとか思わないの?」
「思わないよ? ちゃんと買い物行ったんだから、僕の仕事はもう食べることだけさ」
新羅が軽口を叩く。セルティが、持ってきたグラスとスプーンをそれぞれの席に置いた。
「ありがとうセルティ」
新羅がへらりと笑うのを、臨也は微妙な顔で眺めた。
「俺、一応怪我人なんだけど」
椅子に腰掛けながら、臨也が恨めしそうに呟く。新羅が苦笑した。
「投擲物を避けて、自分で電信柱にぶつかったんじゃないか。全く、世話無いよ」
新羅がせせら笑うので、臨也はむっと口の端を歪めた。新羅の隣に、セルティが腰掛ける。
「……なんか、新婚家庭に遊びに来てしまったような居心地の悪さを感じる」
臨也は不機嫌顔のまま、深く溜め息を吐いた。新羅は機嫌良く笑った。
「それはなかなか心地好い表現だけど、あえて突っ込ませてもらおうかな。君、新婚家庭に遊びに行ったことなんて無いだろ?」
「……そりゃ、無いけど」
もじもじするセルティを視界に収めながら、臨也がむすっとして答えた。
「僕としては、学生の頃家庭科室でおでんしたのを思い出すよ。どうしてだか、学校でってのが妙に楽しかったなぁ」
「あぁ、したねぇそんなこと。馬鹿だったなぁ」
臨也はぼんやりと回想する。しかし、セルティが突然、怒ったように新羅にPDAを突きつけた。
『お前、学校にはちゃんと行くって約束してたじゃないか! そんなことしてたのか!』
セルティの剣幕に、新羅が仰け反った。
「いや、ちゃんと行ってたよ。おでんは放課後だってば」
新羅がしどろもどろに答える。
『先生の許可は得たんだろうな?』
「もちろん! 当たり前じゃないか」
新羅が弱り果てて臨也を伺う。臨也は軽く口の端を吊り上げた。
「奥さんってよりお母さんって感じだね?」
新羅は、後頭部を掻きながら溜め息を吐いた。
「子供の頃から知られてるから、肩身が狭いよ」
「ま、とりあえず食べようか? お説教はその後ってことで」
臨也がにやにやしながら言った。新羅は顔を引き攣らせる。臨也は、新羅が嘘を吐いたことを知っていた。
誰もが、こんなささやかな日をやり過ごした。