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怪盗×名探偵 短編集

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0801(快新)



「快斗、愛してる。結婚しよう」
「新一、俺も愛してる。結婚したい、今すぐ……」
 とりあえず声色を完璧にして音読してみたものの、一体全体なんのことだか分からない。
 拾ってしまったからには持ち主に届けなければいけない物品であるが、その本の表紙に自分の名前が書いてあったことに気づき、快斗は自分宛の何かなら問題ないかとその冊子を開いてしまった。
 細かい文字は明朝体だろうか。二段組みになっていて余白も浅い。普通の本にしてはデザインが変わっているような気がするが、こういう本も世の中には出回っているのかもしれないしあまり気にすることでもないだろう。
 しかし自分と新一の名前が使われているのには驚いた。どちらかが女だとしたら、ぎりぎり女としても通用する名前であるのは快斗だろうし、だから結婚を申し込まれているのも快斗の方なのだろうなと納得する。
 結婚。凄いなあ、こいつらは高校生で結婚するのか。俺の周りの早熟な高校生も、まだ結婚を考えている奴はいなさそうなのに。
 三十ページ程度のその本を、廊下を歩きながらパラパラとめくる。
 新一という男は優れた観察眼の持ち主で、快斗という女はマジックが得意だという設定もあるらしい。現実世界の新一と快斗も同じようなものだが、そのどちらもが身体が小さくなったり怪盗だったりしないところ、やはりまったくの別人のようだった。
「結婚……結婚ねえ」
 いやでもそれはまだ早い。
 そもそも工藤新一が黒羽快斗を知ってからまだ一年も経っていないのに、愛してるだの、結婚しようだの言うには突拍子がなさすぎる。快斗はキッドほど紳士道を貫いてはいなかったが、他人に対しての良識は当然持ち合わせているのだ。スカートめくりは必ずするが、その色を大声では叫ばないとか。
 出会い頭に実は俺キッドです友達になってくださいとは言うが、手の甲にキスはしないでおくとか。
 最低限かもしれないが、まあそういうことである。
 しかし快斗としては、新一がそのことを望むのであれば受け止めてしかるべきだと自負している。奥様は怪盗キッド、という文字が頭を何度もかすめたが、語呂が悪すぎてもう少しひねりを加えるべきだと眉間に力を込めた。
 ううん、と唸っている内、集中が切れてしまったらしく手に持っていたその本がバサリと大きな音を立てて落ちる。
「おっと」
 再度拾おうとした瞬間、見知らぬ女生徒がその本を目にも留まらぬ速さで快斗の手と地面の間から抜き取った。まさかキッドの目でさえ捕らえられない速度とは。今時の女子高生は早熟というよりも発達能力に長けすぎなのではないか。
「あっ、それきみの?」
「あの……な、中身」
「あ、ごめんちょっと見ちゃった。でさ、快斗って俺の名前であってる?」
 それなら奥様は快斗以外でなにかいい案はないかな。
 と聞こうとしたのもつかの間、女生徒は力のかぎり地面を踏みしめて颯爽と姿を消してしまった。思わずあがったらしい悲鳴が廊下にこだましている。
「意見聞きたかったのになあ」


「……で?」
「だから、奥様は怪盗キッドとか奥様は快斗とか、とにかく語呂が悪いんだよ」
「だから?」
「新一にも意見聞きたくて」
「聞いてどうすんだよ」
「今後の参考に」
 ちょっと今のは避けられたのに奇跡を感じる。そのレベルの速度で繰り出された黄金の右は、当てられなかったことをそれはそれは恨めしそうにしながら新一の元へ戻った。ダン、と強い勢いで地面をなじるように踏みつける新一の姿はそれはそれは工藤様であり、条件反射で土下座したあとキスでもしそうになる。
 当然、そんなことしたら今度こそ右の餌食になるのはわかり切っていたのでなんとか持ちこたえた。
 良識を忘れてはいけないのだ。良識を。
 静かに座って意見を請うような人間に、得意の足技はどうかと思うが新一にその手の常識を説いたところで意味がない。野球で足を使う男が喧嘩で足を使わない理由がないし、これは喧嘩ではないが一方的暴力が許される関係でもある。
 許しているのはほかならぬ俺だった。いつか恋人にさせてもらうかしてあげるかでいうと、させてもらうほうが早そうな気がしているので、今から浮気なども全部許すつもりでいる。奥様の鏡である。
 これは言うなれば秘密裏に行われる練習だった。
 新一は当然気づいていない。気づかれたら比喩でなく死ぬ。
「だってさあ、奥様は快斗、になにかつけるとするじゃん。そうするともうちゃんづけしかないわけ」
「……」
「でも快斗ちゃんとか言われてもよくわかんないじゃん。ギャップがないっていうか」
「ギャップ」
 ほとんど聞いていないような顔で、正面のソファに腕を組み足を組みながら身体を預けている新一の格好はそれはそれは旦那様的であったが、こうしてめんどくさそうながらも相槌を打ってしまうのが新一のいいところだった。なにせ新一は快斗が嫌いではないものだから、本か暗号か事件がない限り完全なる無視は出来ない。そういう風にできている。
 自分へ明らかに好意を向けている人間を、本気で無下には出来ないのだ。素直じゃないがものすごく素直でもある。
「そうそうギャップ、なんかこう、奥様のくせに怪盗なの? みたいなのは欲しいじゃん」
「じゃあ怪盗でいいんじゃねーの」
「語呂が悪い」
「……あ、っそ」
 そういう呆れた顔も好きだ。新一の造詣は快斗とそれは酷似していたが、やはり別人は別人である。新一のほうが少しだけ睫毛が長い、少しだけ唇が薄い、少しだけ声が低い、少しだけ大人っぽい、少しだけ……、挙げていけばキリがない。新一に比べると、快斗はまだ少しあどけない部分が残っていることを知っていた。
 やはり奥様というよりは旦那様だ。俺が奥様であるほうがよほどしっくりくる。
「旦那様は名探偵!」
 その時何故これを口にしてしまったのか、正直本当によく覚えていない。新一の美しさに頭がやられたのか、もしくは天啓だ。神からのお告げと言っても自分なら信じられるほどに、その呟きは直感めいて響いた。我ながら酷いと思う。考えるまでで留めておくべきだ、こういう世迷いごとは。新一に振っていい話の領域を飛び越えている。
「は?」
「あ、いや、言ってみただけ! マジで! だからごめんなさい殴らないで」
「なにオメー、俺と結婚したいのか?」
「えっ、まあいつかは」
「ふうん」
 えっ。
 これもまた条件反射で、殴らないでくださいと懇願する間に身体を縮こめてしまったわけだが、何故か新一の足は出てこなかった。しかも妙な反応である。興味なさげなフリして実はお前も興味あったのかこのクーデレめ、と快斗がいたく感動していると、更にかぶせるようにして新一が言った。
「じゃあ結婚式は監獄だな。見せつけてやろうぜ、他の囚人達に」
 ああ、やはり工藤新一様は素晴らしい。

 こんなことで少しでも喜んでしまった自分が情けなく、さめざめと涙を流した。
 恋する男の純情を弄んではいけないという良識を教えるところから始めようと思う。


作品名:怪盗×名探偵 短編集 作家名:knm/lily