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怪盗×名探偵 短編集

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愛のむきだし(快新)



「俺さ、服部のこと嫌いじゃねえっつーか、好きなんだよな」

 寒くてかなわない、と思うよりも早く、新一の声が快斗の耳元で凝結し侵入した。
 そういう発言には慣れていたが、慣れているからといって認めたいわけではない。肌に張り付いた汗が店の冷房のせいでどんどん冷えてこのままでは凍りつきそうだ。だから寒くてかなわないというのに。
 新一は服部平次が好きだという。好きなんだ、多分、といいながら笑う。快斗を前にして。分かりきっていることを、知り過ぎていることを何度も何度も繰り返して、一体どういうつもりなのか。
 つい先ほどまでコーラを啜っていたはずなのに、口の中はからからに乾いていた。勿論喋れないまでとは言わないが喋りたくもない。
 しかしここで黙っていたら新一の機嫌を損ねてしまうに違いなく、それはもう理に適った流れであるように思えた。
 テーブルに肘をつき顎を乗せて、何かを考えるような素振りを見せ、よき友人の声で言う。
「本当、新一は服部クンのこと……好きだよね」
 関心があるのかないのか、言外には伝わらない程度の抑揚。そんなものないに決まっているが。
 しかしそんな曖昧な線を引いてやれば、新一が自分の都合のいいように解釈するのも常である。新一は、そうなんだよ、とどこか楽しそうに頷いて、手元のコーヒーを口元に寄せた。嚥下されると喉仏がゆるく動く。
 ああできるだけ強く、その部分に噛みつき引き千切ってやりたい。
 何か喋り出しそうな新一が、喉を殺され声を出せなくなったらと考える。
 綿密に組み立てられた理論と推理、突発的に投げられる罵声と怒号、ベッドの上の嬌声と肯定。そのすべてが失われてしまうのはやはり勿体ない気がして、快斗は数瞬で考えを改めた。
 新一はわからない。目の前で座り、まるで親友のように語り合う快斗のことなど、結局一瞬も理解できていないのだ。新一の目に映る快斗は恐らく友人以上であるが、それは決して服部平次の枠を超えない。
 いつまでも越せないでいる。
 そんな男と寝るだなんて。
「新一はほんと、変な奴だよ」
「ああ? 快斗だって十分変だろ。お前にだけは言われたくねえ」
「いや、そうじゃなくてさ」
「なんだよ、服部を褒めてるのがおかしいのか?」
「ま、そんなかんじィ?」
 よき友人の声はどうしても、少し乾いていた。
 ねえこの会話もう何回したと思ってんの。マジでめんどくせえよ。お前の言葉に人形みたいに頷くのさ、だるくてたまんない。
 そう言うのは簡単だ、とても。
 だが快斗は新一を、言葉で傷つけたいわけではない。出来れば形に残るもので証明してしまいたい。共有する唯一の繋がり、この関係に、付ける名前はないのだ。
 ならばやはり消えない痕を、しかし、そうすればきっと新一は俺の元を離れていくだろうから、よき友人を演じて、そうしていつか、……いつか?
 終わりがない。
「服部はさ、俺の恩人なんだよ。だからどうしてもな」
「そっか」
「ってさ、この話もう何度かしてるっつうか、ワリィな聞かせちまって」
「ううん、全然。新一が楽しそうでなによりです」
「ほんとか?」
「ホントホント」
 今日喋っていることは明日もまた繰り返されるのだろうか。すでに百以上の嘘をついている気がする。
 できるだけきつく、目を瞑って眠りにつきたかった。新一の声が聞こえないところで、覚えきってしまった癖や動作も全部忘れて、とにかく今は眠りたい。俺の知らない新一はいらない。
 快斗は新一の他人になぞなりたくなかったが、誰かの話をする新一は、否応なしに快斗を他人へと陥落させる。
 どうしたって俺達は他人にしかなれない。互いしかいない世界なんてどこにもないからだ。
「快斗ってさ」
「……ん?」
 相変わらず頬杖をついたまま、首を傾げたかたちで快斗は反応を返した。目を丸くさせて、どうしたの、と優しく返す。快斗にとって心と身体は完全に切り離せるものだった。
「いや……いやさ、俺になんか、言いたいことあるんじゃないかって」
「へ? んにゃ、別にないよ」
 百一個目の嘘だろうか。
「そうか? 最近口数少ないからさ」
「いやー新一くんが寝かせてくれないんで」
「てめっ、言ってんじゃねーよ!」
 あはは、そんな風に笑ってみせると、新一の顔は真っ赤になった。昨日のことを思い出したのかもしれないし、一昨日のことを思い出したのかもしれなかった。耳の裏まで赤くなってる。からかい甲斐があるところは、相変わずなのに。
 嘘を嫌い、過去に自分がついてきた嘘に関して未だ贖罪しようと努力を重ねる新一は、決して嘘をつかない。
 それなのにお前は俺と寝る。服部を好きだという。それでも俺と寝る。こんなことで顔を赤くするお前が。
「ごーめんって! 新一ってほんと素直すぎるっつーか、ちょっとからかいたくなっちゃって」
「そりゃな、俺は嘘が嫌いなんだ」
「……そうだね、嫌いだよね?」
 語りかけるように語尾をあげると、新一の視線が真っ直ぐに快斗を射ぬいた。濁りの無い蒼眼は明るすぎる蛍光灯の下でも秀でて美しい。
 目を眇めてゆっくりと観察してみる。このどこにも虚構などないように光る眼があるから、快斗は踏み切れずにいるのかもしれない。
「やっぱオメー、なんか言いたいことあんだろ」
「ないよ」
「言えよ」
「無いってばあ」
「俺を誰だと思ってんだ」
「……工藤新一」
 そうじゃなけりゃ好きになんかなってないよ。
 ため息が出そうになって、心底、それはもうゆっくり飲み込む。数秒を要するほどに深いものだったそれは、快斗の心境そのものを表している。それぐらいなら、新一に見せてもバチは当たらないだろうか。
「じゃあ、言うけど」
「……おう」
「新一さあ」
「うん」
「愛してるよ」
 面食らったような新一の次の言葉を聞きたくなくて、快斗は何かに追われるように席を立った。
 言い訳もしないでトイレに飛び込むと、洗面台の前で止めてた呼吸を再開させる。ぜえぜえ、喉が苦しい。鏡には醜い表情が映り込み、それを目にしてすぐ、大げさに笑顔をつくっていた。青白い顔とのコントラストが不気味だ。
 お前を抱く、よき友人の顔を、もう思い出せなかった。
 鏡に向かってもう一度言う。輪郭を確かめるように、逃さないように、熱がこもらないように。
 いつか痕をつけられればいいと、望む他人にぴったりの言い様になるように。
「愛してるよ」

 今日初めての、黒羽快斗としての言葉だった。


作品名:怪盗×名探偵 短編集 作家名:knm/lily