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序章 冷たい夜明け
ベルリンはひどい有り様だった。
大破した家々の壁、戦車に踏み荒らされ瓦礫の山と化した道は激戦の傷痕を生々しく残していた。
それでも人々は生きるために生活する場所を探す。
希望などどこにも見出せなくても生きるしかない。
つい先日兵士が倒れたその道を今はどこか曇り空の目をした人々が歩く。
それを見渡しなんともやりきれないと息を吐く男がいた。
かつてプロイセンと呼ばれ、中欧を駆けたこの男は、今は名無しに近い。ドイツの中の一地方として存在していた。
「この街も随分やられたな」
そう呟く彼の隣には同じように街を眺める一人の男がいた。
この男もまたついこの間までドイツと呼ばれていた。
今度から分割統治されることが決まっている。そこに彼の意思は存在しない。
「そうだな」
疲れたように絞り出すその声が彼の疲労を物語っている。
このベルリンも正しい意味で彼の体の一部だったのだ。
国家の体現者であり、国土はその体の一部である彼らにとって街の破壊は即ち身体の破壊のようなものだ。
この戦いで国土が傷付くにつれ己の体が蝕まれていく。
今彼の身体にどれほどの傷があるのかは、衣服に隠れて推し測ることはできない。
少し歩くか、とドイツが歩を進めるとプロイセンがそちらをちらっと見遣り、大丈夫なのかよと溢す。
「歩くぐらいはできる。街が元に戻れば傷も塞がるだろう」
瓦礫の街を歩いていけばブランデンブルク門が見えてきた。
このブランデンブルクへ続く門も例にもれず戦火の傷痕が残っている。
四頭だての馬車に乗る勝利の女神もどこか虚ろに見えた。
あの女神を見るたびにプロイセンが自慢げに話す昔話を思い出してしまうな、とドイツが苦笑する。
「何笑ってんだ」
「いや、いつもお前があの女神像を見る度に、あれは俺がナポレオンから取り返してきてやったんだとしつこいくらい言っていたのを思い出してな」
何度も繰り返し言うもんだからその時の表情まで思い出せる、と言えば
「あれはフリッツの親父が作った門だからな。フランスなんかにやれるかよ」
これまでなら目を輝かせんばかりに生き生きと語った言葉が溜め息のように重く発せられた。
もうこの街は占領軍が駐留し、かつてプロイセン王国の首都であった面影は見出せなかった。
破壊された街にショックを受けているのはきっとプロイセンの方なのだとドイツは理解する。