この歌を届けよう
いまやこの国には絶望と諦めの匂いが溢れていた。
「電気はないから灯りはロウソクだし、それさえも物資が入ってこないから手に入らない人もいるみたいだね。僕もロウソク暮らしさ。他にも人力で印刷機回したり、パーマあてるのに薪ストーブ使ったり。その薪は街路樹を倒して手に入れるんでしょ?よくやるよねえ」
ふふっとおかしそうに笑う。
何がそんなにおもしろいのか。なぜこの状況を眼前にして微笑んでいられる。
皆、絶望と諦念の中で必死に今までどおりを取り戻そうとしているのに。嫌味にしても趣味が悪い。
返事すらできない。
しかしそれが嫌味でなく本当に笑っているのだと気付くにはそう時間はかからなかった。
「なんでそこまでしてがんばるのかなあ。すぐに慣れるのにね。
パンがなくてお腹が減るのも、家の中が外と同じくらい寒いのも」
その言葉で全て理解できた。
本気で言っているんだこいつは。本当におかしくて仕方がないんだ。
足掻く人々が諦め順応していく様を幾度も見てきたこいつには人々の未来が見えている。
そう気付くとその笑顔が酷くうすら寒いものに思えた。
「ああそうそう、なんで僕がここにいるのか、だったね」
くるりと振り向いたロシアはもう笑ってはいなかった。
「海の向こうのメガネくんとかあの眉毛の人とかがちょっと余計なことしてくれちゃってね。僕のこといじめるんだ。だからここには牽制として居るんだけど日に日に状況は悪くなるばっかり。だから君を呼んだんだ。この意味わかるよね?」
言外にこれがさっきの質問の答えでもあり、一番聞きたかった本題だと示される。
つまり、このロシアの元でロシアの為の国になれと。そういうことだ。
そして俺には「ja(イエス)」しか答えは用意されていない。
断ったとしてどうなる。ここは俺の街だ。
事後承諾に近い選択だった。世界を二つにわける冷たい争いにとうとう片足どころか全身をつっこまなければいけないようだ。
もうすでにあの戦いで敗北した時点でこの運命は定まっていたのかもしれない。
どことなく覚悟もできていた。
厚いカーテンが目の前に開かれる。もう踏み出すしか道はない。この幕の向こうへ行ったらもうこちらには帰ってこれない。漠然とだがその予測だけははっきりと示されていた。
ふと、もう一人のドイツを思い出した。