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○情表現

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骸は綱吉の無関心を恐れる。忘れ去られ、いつかなかったことにされてしまうのをずっとずっと恐れている。
想像するだに腹の底でどす黒い感情が湧き上がる未来だ。体内にあふれ返った汚泥の感情が少しずつ理性に溶けていく。
実際、骸には愛憎こそが紙一重の双子であると思えてならなかった。表裏一体の最も人間らしい感情ではないか。
だから骸は綱吉を殺したく思い、綱吉に憎まれたいと思うのかもしれない。
力なく消えゆきそうな炎が綱吉の動揺と疲弊を意味している。気にかけず前へ進む。
「やめ……来るな……!」
「僕から逃げますか? すぐに捕まえますよ」
どこへ行こうと――逃すものか。
本当にもう限界なのだろう。それこそ死ぬ気でハイパーモードを維持しているようだが、解除も時間の問題だ。
気力どころか体力も底を突いているらしく、見るからに膝が震えている。
追いつめられた眼をして睨みつけてくる綱吉の前に立つと、最後の抵抗とばかりに拳が襲ってきた。
「その気力で飛んで距離をとる方がまだ賢かったですね。どちらにせよ意味はありませんが」
難なく手首をつかみ取って強引に引っ張れば、呆気なく細い体が倒れ込んでくる。
三叉槍をかき消し、綱吉の腰に腕を回して抱き寄せた。大げさに強張る肢体は拒絶の表れだ。
かろうじて死ぬ気の炎は消えていないが、とっくに勝負はついていた。
「チェックメイト」
「離せ……っ」
もがく痩身を抱き締める。首筋に顔を埋めて汗ばむ肌にやんわりと歯を立てる。
甘噛みして舌を這わせれば、綱吉は息を呑んでいっそう硬直した。
「もう立てないでしょう」
腕に人ひとり分の重みがかかっている。離したらそのまま地に崩れ落ちてしまうだろう。
悔しげに引き結ばれた唇に勝者の傲慢でもって噛みつく。絡めた舌は震えていた。
「ン……!」
我ながら奪うという表現の似合う口づけをするものだ。息を奪い、声を奪い、自由を奪って熱を奪う。
執拗に重ね合わせた唇を離した時、綱吉の額からはとうとう炎が消えていた。
瞼は閉ざされ、浅く速い呼吸をしてぐったりと骸に身を預けてくる。
だらりと力の抜けた両手から毛糸の手袋を取り上げて粗雑に投げ捨てた。こんなものはもういらない。
「寝ちゃダメですよ」
血の気の薄い頬を舐めるとしんどそうに眼が開いた。薄茶色に戻った瞳が骸を映す。
その瞳にはもはや明白な怯えが見てとれる。疲れ、怯え、諦め。覗く感情はどれも薄暗い。
なのに憎しみだけは絶対に見つからず、代わりに同情がぼんやりと光っていた。
同情。反吐が出る。けれど、そんな唾棄すべきものにさえ骸は胸をかき乱されてならない。
綱吉は昔からそうだった。甘いボンゴレ十代目。やさしい沢田綱吉。
彼は骸を見捨てられない。懐に入り込んだ毒蛇すら、心底憎んで排除することはできないのだ。
腕に捕らえた体を抱いて細く息を吐く。充足感があり、その反面、飢餓感がある。
満たされるようでいて満たされないこの状況がひどく滑稽であることは承知していた。
跳ねる茶色い髪を撫で梳いて、宥めるように背を軽く叩いてやる。密着した互いの体は戦闘の名残でまだ熱い。
綱吉は骸の胸を押し返して拘束から逃れようとしていたが、子供並みに落ちた力ではろくな抵抗とならない。
それもほとんど惰性で抗っているだけなのだから、至って無意味なことだった。
「離せ……むくろ、離してくれ」
力ない願いを聞き流して、もう一度しっかりと抱き締め直す。
腰を抱き、背や肩をゆるやかに撫で、額と頬に唇で触れてから綱吉の肩口に顔を伏せた。
互いの表情は見えない。だが体温も鼓動もすぐそばにある。
これほど近くにいれば安心できるだろうと思っていた日々も、かつては確かにあったのに。
どうしようもなく骸はわかっていた。
「どうせ……君は僕を愛さないでしょう?」
骸はわかっている――と思い続けている。
我知らず揺れる声で告げた問いは答えを求めてのものではない。これはもう骸にとっての真実だ。
腕の中で身じろいでいた綱吉の肩が小さく跳ね、そうして聞こえてきた声はやるせなさにまみれていた。
「そんなふうに触るなよ……っ!」
もういやだ、と彼は嘆く。
「やめてくれ。オレはお前にどうしたらいいか、わからないんだ……」
頷きはしない。触るなと言われても綱吉を抱き締めて手を這わせる。――やさしく。
本当は、どうしたらいいのかわからないのは骸も同じことだった。
唇を重ねても体を繋げても血を流し合っても、どこまでいっても骸は綱吉を手に入れた気になれない。
どうすれば手に入るのかわからず、どうすれば彼を手に入れたことになるのかわからない。
どんなに思うがさま扱って一時の満足感を得られても、結局のところそれは錯覚でしかなかった。
「沢田綱吉、僕を憎んでください。心から、僕を殺したいと思うほど強く」
どうせ愛など与えられぬ。ならば憎悪を欲する。無関心だけはけして許せないから、せめて憎しみを向けてほしい。
「君はそうした方が楽になれますよ」
憎んで憎んで、そのやわらかな心に六道骸を置いてくれたなら、きっと骸は今より安堵できるだろう。
なのに綱吉は頑なに首を振って嘆くばかりだった。
「こんなの、もうやめろ骸。こんなんじゃお前は救われない」
知っていた。わかっている。今さら言われずとも誰よりも骸自身が己の救いがたさを理解している。
かわいそうな綱吉。悪い蛇に牙を突き立てられて痛みと毒を注がれた。
そのくせ毒に堕ちぬよう必死に耐えて、蛇を殺さずに生かす方法を探している。
無駄と知りつつこうしてあがくほどにだ。蛇の想いなぞ彼の知ったことではないのだろう。
いい加減、骸の笑みも苦さを帯びた。
「君は不器用ですね」
――その不器用さを愛している。
「はは……お前にだけは言われたくないよ、意地っ張り」
耳に届いた綱吉の失笑も苦いものを孕んでいた。
泣きそうな顔をして綱吉は骸の背へためらいがちに腕を回す。その意味を骸は今も理解しない。
欲しいならやさしくして、ただ素直に愛をささやけばいい。愛を乞えばいい。
永い間何度も廻ったくせに、たったそれだけのことを六道骸の魂は一度も学んでこなかった。
あるいは学んだかもしれないが、ちゃんと身につけてこなかった。
沢田綱吉に人を憎めというむちゃくちゃを望んで、それが叶えられる日を暗闇の底で夢見ている。
「骸。お前はバカだ」
大空に抱擁される霧は反論せずに眼を閉じた。背を流れる長髪を少し引っ張られて苦笑する。
十年だ。十年も付き合ってきて、いまだに骸はこんなかたちでしか綱吉に自分を刻めない。
この愚かさをなじられても文句は言えないのだろう。存外、骸は幼稚だった。
光なぞ、とっくに差し込んでいるのに。
作品名:○情表現 作家名:kgn