日々、徒然
一面ガラスに覆われた部屋で、サリマンは一人の若者と対峙していた。
隣国から戦争終結への使者が来たのは、数ヶ月前のこと。
それからの日々はめまぐるしく過ぎていった。国の方針が決まれば、大臣たちがよって集まって戦争終結の条文やらこれからの国交正常化に向けての条約やらを話し合い、少しでも自国に有利に話をしようと奔走している。
つい最近までお互いにお互いの国の多くの国民を殺しあってきた。
いくつもの町を破戒し、たくさんの悲鳴を聞いた。
感情は突然の終戦についていけず、勝敗のつかない戦いは戸惑いと憤りを胸に残している。
けれど、隣国の使者は彼らの王子に強く言い含められていた。
大臣たちが感じる憤りよりも、辛い悲しみが国民の間に満ちていることを。
目的は勝利でも、少しでも有利な条約でもなくて。
ただ、両国の国民に平和と安寧を。
けれど、それは一方の国の歩み寄りだけでは叶わないことだった。
だから、青年はサリマンの元を訪れた。
より多くの承諾を、少しでも早く執りつけるために。
「陛下を差し置いて、わたくしがお話をしていいものかしら」
口ではそういいながらも、サリマンはどこか楽しそうにそう言った。
足が不自由なために、いつものように大きな椅子に腰を掛けながら。
けれどそのことについての非礼を上位者に詫びることなく。
「私はこの愚かな戦争で学んだのです。戦の虚しさと愚かしさを。戦いが産み落とすものは悲しみと怒りだけだということを。そして・・・この国を動かすのはまず、貴女にお会いしなければならないことも」
皇太子ゆえの息苦しさから、目の前の青年が「遊学」の名のものとに自国を出奔したのはいつのころだっただろうか。
サリマンは表情一つ崩さずに思い起こした。
自尊心とか、驕った自信とか。若さゆえの不遜とか。
そういうものが、彼を案山子に変えたのだ。
それも、サリマンは見ていた。
その彼が、一体どうしてこうもかわったのか・・・なんてことは愚問だ。
たった一つの出来事で、劇的になにかが変わるわけじゃない。
たった一人との出会いで、全てが新たになるわけではない。
それらを総じて。
そうして、目の前の青年になるのだろう。
「それは誰かの入れ知恵かしら」
しっかりと脳裏には人影を浮かべながらサリマンはそう問うた。
その人物は数えきれないほどの出会のなかでも、忘れがたい対峙を果たした者。
「・・・さぁ」
サリマンの問いに青年は答えをはぐらかす。
けれど、口元に浮かぶ柔らかい笑みは雄弁に青年の心を伝えてくる。
彼女が全てを変えたと思えるほど、サリマンは若くはなく、そう思うほどに愚かではなかった。
けれど、蜜とともに花粉を運ぶ蜜蜂のように、彼の人生において、重要なかかわりを彼女は果たしたのだろう。
隣国の王子はサリマンよりずっと年下で、幼く、狡猾さにもかけるような気がしたけれど。
それでも、サリマンは戦争よりももっと彼女を退屈させないでくれるものと出会っていたから。
そうして、この王子もその対象となった人物であったから。
己の矜持と、この国の利益を考えて。
頷けるものは頷いてやることにした。