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この、愛しき世界

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それはこっちのセリフです!と叫びたかった。なにこれ、理解ができない。どうして今、唇が、なんで、天使って性別の概念とかないの、いや、それよりなにより、
混乱する帝人を引き寄せて、臨也はもう一度困ったなあと呟いてその腕に抱き込む。
困っているのは心底帝人の方だと思うが、それを口にできるほど空気を読めなくもなかった。
「人間なんて、すぐ死んでしまうんだけどな」
困惑を含んだ臨也の声が、頭上から静かに帝人の耳をくすぐる。
「俺たち天使に比べたら、ほんの一瞬、刹那の電光石火。昨日まで笑ってたのに今日はもういない、人間の一生なんてそんなもので、俺達はそれにもう慣れてるし、でも」
天使と人間では、生きる時間の定義が違うのだろう。臨也も何度目か会ったとき、たしか、もうこのあたりに三百年近く住んでいるとか、なんとか、そんなことを言っていたと、帝人は思い出した。




「なんでかな、君がいなくなったら俺は泣きそうだ」



本当に泣きそうな声がそんなことを言う。
天使の唇は、やっぱり手のひらと同じように冷たくて、そして優しかった。
作品名:この、愛しき世界 作家名:夏野