縹色
「おーい。泣かれても困るんだけど。」
「うるさい、ばか、おまえなんか、」
夢のくせに。
「“大嫌い”かい?分かってるよ、そんなこと。せっかく心配して顔見に来てやったんだから、思ってたって黙っててくれてもいいだろう?まったく。」
握った拳で目を擦る。
手の甲の骨の起伏がやけにリアルに肌をなでた。痛いような、そうでもないような、けれどごりごりとしていて気持ちのいいものではない感覚が。
「あぁもう、」と、そいつが立ち上がる。後ずさってはみても、すぐ後ろのカーテンと壁とにぶつかる。どこからどこまで、いつからいつまでが夢なのか、知りたいし知りたくなかった。今が現実であればと思うし、こんなのは悪夢だと思う。
―――こいつを初めて抱きあげたとき、危惧はしていたって、実際あんな雨の日が来るとは、こんな幻想を抱くとは、思ってなかった。こんなに依存するだとか、そんなこと、
「けど、しょうがないか。おれが泣かせたんだから、ね。」
両方の手首を、片手でひとまとめに掴まれる。それが、おれとそいつの胸板の間に挟み込まれるように。もう片方の手が、おれの髪を撫でていた。密着した体が。抱きしめられている、と、これが言えるのか。あるいは単に距離が、限りなく零に近いだけか。
ただ、確かに触れる感触に、どうしようもなく動揺してしまう。
夢でもこんなに、触覚ははっきりしているものだったろうか。
恐る恐る視線をあげた先に、もう一層ひどく泣き散らしたいくらい綺麗な色の両目があった。はじめましてのときと、レンズ一枚隔てたって変わらないそれは、おれの背中にある、遠い遠い朝日の光を受けた窓ガラスのきらめきと似ていた。
けれどその色も、だんだんぼやけていった。ああやっぱりこっちが夢だったな、と、目を閉じようとしたときに確かにくちびるになにかが触れて。
目を開いたら、このやさしくて温かい悪夢も消えてしまう。
けれども、と、目を開いたらそこに、不格好な吹きガラスを隔てたように歪んだ、けどさっきまでと同じきれいな色の目が、
は な だ い ろ
(髪を撫でていた手が背中にまわされて、今度はちゃんと抱きしめられた。)
(きっとそのとき初めて、視界を滲ませるのが夢の終わりと朝もやだけでないと、知った。)
―――ほんの数滴の涙で、世界はこんなにも、ぐらついている。