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ジュネスのおにいさま。

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沖奈之宮中学校は、地方都市には数少ない名門私立の男子校、いわゆるお坊ちゃま校である。
偏差値は六十を軽く超え、学費も年七桁が当たり前、都会の学校に引けを取らない最新の設備を整えた学び舎に通う紺のブレザーは町中でも目を惹き、羨望、嫉妬その他諸々の眼差しを受けている。

『あれ、沖中の子じゃない? お坊ちゃま校の』――実はそう言われる程、裕福な生まれじゃない。

『こんなとこにもいたんだ。何処に行くのかな』
『今の時間なら習い事とか? バイオリンとかさあ』
『そういえば、沖中の吹奏楽ってレベル高いんだってさ。皆部活の他にスクール通ってるんだってよ』
――それは初耳だ。何と言っても帰宅部だ。他人がどんな生活を送っているかなんて興味がないし、自分のことで手一杯だ。噂好きの女子高生に背を向ける。

眞澄は学校指定のショルダーバッグを背負い直して、改札を出た。八十稲羽。それが今の自分の生活拠点。バス停まで走る。ちらり、視線を手首へ落とす。入学祝いにと祖父から貰った腕時計は十五時五十八分を示していた。急がねばなるまい。十六時のバスを逃すと次のバスが来るまでは一時間掛かってしまう。
丁度ターミナルを出ようとしていたバスに飛び乗ると入口脇の席を確保した。運転席の左斜め後ろは視界が開けていて景色が良く見える。目的地に着けばすぐ分かる。毎日のことなのに、着くのが待ち遠しい。
『八十神山入口、八十神山入口』
上がった息は治まっても、弾む胸は治まらなくて苦笑した。降車ボタンは自分が押すより早く、他の誰かが押している。背後から「ママ! きょうはおかしかってくれる?」とはしゃぐ子どもの声が聞こえた。

『エブリデイ・ヤングライフ・ジュネス。ジュネスの食料品フロアは二十四時間営業です。
ジュネス八十稲羽店へお越しの方は、こちらでお降りください』

* * * * *

今にも駆け出さんとしている先程の子どもと、その手をしっかと握り締めている母親の親子連れに続いて自動ドアを潜った。中央出入り口からでも聞こえる呼び込みの声に、今日はあの辺りにいるのかと大体の見当を付けて、眞澄は青果コーナーへと赴いた。
「いらっしゃいませ! 本日の広告の品、レッドグレープフルーツが六十八円で……」
はきはきと通りの良い声が客の足を止め、商品に目を向けさせている。ちょっとこれ、などと訊かれれば嫌な顔一つせず「はい、何でしょう?」と応え、手が空けば周囲を見渡してフロア全体の様子を確認する彼の働き振りにはつくづく感心させられる。
ただ単にベテランだから、というだけではない。勿論、自分より年上だから、というのも違う。これは彼の仕事に対する真剣さと気配りのレベルの高さが為せる業なのだ。――そんな彼にじっと見入っていると、気付かれたらしい。ひょこひょここちらへやって来る。

「おはようございまっす。ガッコ、楽しかったか?」

ひとまわり年の離れた自分にも、礼儀正しく。店員同士ならばと朝夕問わず掛けられる挨拶が眞澄は好きだった。それにもれなく付いてくる、客に対する営業スマイルとは若干異なる柔らかい笑顔も。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「おう。じゃあ、ちょっと早いけど行くか」
そう言って並ぶ肩は、十センチ以上高い。ついこの間、聞き出した身長は一七五センチ。一六〇をやっと超えた眞澄が追い付くにはまだまだ時間が掛かりそうだが、同時に聞いた体重五八キロには閉口した。五キロ程度しか違わない細身の青年は、それでも腕を差し伸べて、鞄重くないかと問う。
そういう人間なのだ。花村陽介という、上司にして眞澄の想い人であるジュネス八十稲羽店のフロアマネージャー兼アルバイト統括は。だからこそ、面倒を承知で眞澄が働く手助けをしてくれる。
眞澄に合わせていた歩は自然と早まり、待ってろよと言い残して扉の中へと消えていく。『関係者専用』と書かれたバックヤードの入口に消えて、数分もしない内に戻ると無言で手招きをされた。誰も見ていないのを確認して、眞澄も扉を潜り更衣室へ急ぐ。
私立沖奈之宮中学校二年二組、納谷眞澄。花の十四歳の放課後は部活でも習い事でもなく、この大型スーパーでのアルバイトに励んでいるということは、級友も教師も、家族さえも知らない重大な秘密だ。

『納谷眞澄君。十六歳、か』
『はい』

遡ること二ヶ月前。中学一年の春休みに入った頃、叔父の家に預けられると同時に眞澄はジュネスのアルバイトに応募した。叔父にも内緒の面接だった。
元々、老けた……基、年上に見られることの多い顔立ちであったから、堂々と三歳サバを読んだ。高校生でも必要な親の承諾欄は、適当に筆跡を変えて三文判を付いた。志望理由は社会勉強だとか何だとか、それらしいことを書いた。今思えば『舐め切った』履歴書に目を通し、面接官は少し唸った。向かいに座る相手が意外に若く、驚いたのを覚えている。
『それにしても沖高か……放課後とはいえ、通勤大変なんじゃないか?』
『大丈夫です』
『電車に乗り遅れたら間に合わないだろうし、補習なんか入ったら夕方のシフトでもアウトだろ』
『補習を受けるような成績じゃありません』
滅多なことじゃ動じない眞澄だったが、流石に初めての面接で緊張していたのか、つい生意気な口を聞いてしまった。ハッと我に返った眞澄に、彼は一言。

『言うねえ』

にやりと。咎めるでもなく、気分を害するでもなく不敵に笑った。口の端は上げても薄茶の前髪の下、同じ色をした眼が鋭い光を発したことにその時の自分は気付いていなかった。
履歴書にペンを走らせながら、彼は訊いた。『じゃあ、今年の干支は?』と、成績とはまるで関係のない問いに眉を顰める。
『ウサギです』
『正解。因みに俺は今年年男なんだけど、君との年齢差は幾つでしょう』
『年男って、まさか三十六じゃないですよね』
『そう見えるのかなあ、眞澄君には』
こちらの揚げ足取りにも軽いノリで返してくれる、気さくな人柄。明るい口調に緊張はゆるりと解けて、眞澄は微笑んでいた。笑みを交えながら答える。

『丁度十歳ですね』
『ああ、それ位だろうと思った』
――嵌められた。

さらりと返された台詞に青褪めて言葉を失う。まさか、この段階で気付かれるとは思わなかった。
田舎町のスーパーだ、年齢確認なんて履歴書で充分だろうと高を括っていた眞澄は結局のところ、コドモだったのだ。世間を甘く見過ぎていた。他の店では通ったのかも知れないが、少なくとも、ジュネス八十稲羽店の花村陽介の目は節穴ではなかったということだ。
『たまーにいるんだよなぁ。君みたいな子』
どうすれば良いのか分からず、口をぱくぱくさせていた眞澄に陽介は怒るでもなく、叱るでもなく、苦笑してパイプ椅子に凭れ掛かった。履歴書を脇の机に置くと、一つ溜息を吐いてから姿勢を正す。

『で、どうしたい?』
『え?』

それが癖なのだということは後々知った。
腕組みをして、真っ直ぐに見詰められて。浅はかなコドモを笑いもせず、正面から捉えて話を聞こうとする大人に出会ったのは、初めてだった。

『面接の時間はまだあるし、理由位は聞かせてくれても良いんじゃないか?