壊滅ブルー
いつかこの日が来るとわかっていた。
彼と対峙する事が出来るのは彼だけで、その逆もまた同じだったのだから。
どこまでも続く青い空と海が背景。
後にガーデン闇の歴史と呼ばれる出来事が今、始まろうとしていた。
沈黙が痛い。
スコールのお供としてF.H.にやってきたゼルとセルフィは得体の知れない居心地の悪さに視線を泳がせた。
サイファー発見の報告が入った時に出張でいなかったアーヴァインが憎い。
説得に向かわされたスコールの代わりに指揮官代理となったキスティスも憎い。
いや、彼らは不可抗力だろう。
アーヴァインの出張はかなり前から決まっていた事だし、キスティスが代理になるのも頷ける話だ。
頷けないのは今ここにいる自分たちである。
目前で相対する彼らから視線を外すわけにもいかず、ゼルとセルフィは心の中でだけ学園長に罵声を送った。
F.H.にてサイファー及び風神・雷神を発見。
それ自体には問題はなかった。
彼らの発見は待ち望まれていた事であり、発見者には特別報酬が与えられて然るべきである。
サイファーを説得、場合によっては拘束しバラム・ガーデンで保護する事。
学園長のこの決定もおかしくはない。
魔女の騎士として、戦犯として追われている彼らだが、元は付き合いの長い仲間である。
死刑台に送られるのを防げるものなら否はない。
説得には指揮官スコールが当たり、臨時の代理としてキスティスがガーデンの指揮を執る事。
これも当然の措置である。
あのサイファーに対峙してガーデンに戻るよう説得し、言葉での説得が失敗した時は力尽くで強制連行。
これをスコール以外の誰が出来るというのだ。
説得(というか通達)まではゼルたちでも可能だろうが、サイファーに戦闘で勝利してガーデンに引っ張っていくなどと、物理的に出来るか否かという以前に怖くてやりたくない。
全身全霊で拒否したいところだ。
幸いにして学園長もその辺りを承知していたようで、スコール以外の者は胸を撫で下ろしたものである。
ここまではいい。
問題は次だ。
ゼル・セルフィ両名はスコールの護衛に付く事。
この指示にはさすがに、反射的にイヤだと叫びながらバックダッシュで学園長の前から逃げ出そうとした二人である。
サイファー説得のその場に居合わせるだなんて、ある意味モルボルの巣に投げ込まれるよりイヤだ。
八つ当たりがいつ向かってくるともわからない。
大体あのサイファーが素直に「はい」と言うわけがないのだから、最初から戦闘が眼に見えている。
言葉では護衛でも、実態は戦闘時におけるスコールの援護要員だ。
相手がモンスターなら喜んで従うものだが、サイファー相手だと条件反射で断りたくなる。
青ざめて引きつった顔もそのままに任務を誰かに押し付けようとした時、学園長がにっこりと微笑んだ。
「これは命令ですよ」
伝家の宝刀を突き付けられたSeeDに拒否の言葉は許されない。
がっくりと肩を落とした二人に追撃が来る。
「以上の指示をスコール君に伝えてから出発して下さいね」
そういえば肝心のスコールがいない。
すでに指示を受けて別の場所にいるものと思っていたのだが、まさか。
二人の動きが凍り付いた。
「ス、スコールにはまだ言ってないんですか…?」
「はい。今日の彼は久しぶりのオフでして、聞いたところによると自室で休んでいるそうです。ここに呼び付けるのも可哀想ですからね。君たちから伝えて真っ直ぐ向かうようにして下さい。そろそろF.H.に着く予定です」
つまり、久しぶりのオフでぐっすり寝ているであろうスコールを叩き起こして、サイファーたちが見つかったから説得してガーデンに連れてくるようにとの学園長の指示を伝えて、まずはスコールをF.H.のサイファーの元に連れて行かなければならないという事だ。
「学園長の方から伝えて…」
「はっはっは。私も命は惜しいですからね。それでは二人とも、頼みましたよ」
言い捨てて、学園長は退室を命じた。
俗な言い方をすれば『保身に走りやがったコイツ』である。
ガーデン内では有名な話で、スコールの寝起きは非常に悪い。
任務中、仕事中ならばともかく平常時は惰眠を貪る猫のようだと評判であった。
寝起きが悪くなかなか起きない上に、睡眠を邪魔されるととことん不機嫌になる危険物。
とある休日、訓練の誘いに来たサイファーに無理矢理起こされて不機嫌になり、寝惚けたままフレアの詠唱を始めて血相を変えた同室者とサイファーに取り押さえられたという笑えない実話が残っているぐらいである。
何が恐ろしいって、寝惚けた状態での高位魔法の詠唱にも関わらず、きっちり発動可能な状態にまで持っていった事であろう。
以降、この逸話を聞いた者は全員、スコールを予定外に起こして命を縮めようとは思わなくなったのである。
「……ゼル、スコールはんちょ起こすの任せたわ」
「なっ! 俺がやるのかよ?! 冗談じゃねーぞ!!」
「ほら、うちって女の子やし〜。はんちょも一応男の子やで? いきなり女の子に部屋入ってこられたら可哀想やんか」
「バカ言え! 男に起こされた方が不機嫌になるに決まってんだろ。こういう時こそセルフィの出番だ」
「うっ……そもそも学園長が呼び出しかければ良かったんに…」
「まったく、職権乱用もいいとこだぜ。何で俺らが…」
それは学園長とて寝起きスコール不機嫌マックスの眼前に立ちたくなかったからなのだろうけれど。
とは言え、任務は任務だ。
ぐちぐち言いながらも二人の足は寮にあるスコールの部屋へと向かっている。
スコールの部屋の周囲が妙に静かな事に首を傾げつつ問題のドアの前に立った時、ゼルは天を仰いだ。
セルフィは口を開けて固まった。
貼り紙が一枚、微風に揺れている。
書いてある言葉はたった一文、『睡眠中につき騒ぐな』と。
何だろう。この問答無用の圧力は。
「ああああああ……」
「イヤや…もうイヤや…うちはまだ若いんや…」
こんな状態で穏やかな眠りから引き上げた場合、不機嫌魔神スコールがドアからお出ましになる事は間違いない。
サイファー確保という大任の前にスコールを起こすという崖っぷちに立ってしまった二人は、精一杯世の無情を噛み締めた。
魔女戦争後、伝説のSeeDと持てはやされ、各国の政治家・軍人・有力者と会談し、マスメディアに追いかけ回され、ガーデンの指揮を執り、連日分刻みのスケジュールに拘束されていた我らが指揮官殿の久しぶりの完全オフである。
キスティス曰く、室内の端末も携帯の電源も切っている上に工具を持ち出してきてインターフォンも放送設備も切ったという念の入りよう。
明日の朝までは余程の非常事態でドアを破られない限りは出て来ないだろうという見立てだ。
それほどストレスが溜まっていたという証拠なのだろうが、ここまで念入りに立て籠もられると学園長でなくとも腰が引ける。
ドアの前で二人揃って煩悶する事しばらく。
微かな揺れが足下から伝わり、バラム・ガーデンがF.H.に停船した旨の放送がかかる。
もはや猶予はない。
「……セルフィ、こうなったら死なば諸共だ」
「ううう…イヤやけど一人で突撃するよりマシなのね〜」
何が悲しくて長閑な寮内で悲壮な決意を固めねばならないのやら。
彼と対峙する事が出来るのは彼だけで、その逆もまた同じだったのだから。
どこまでも続く青い空と海が背景。
後にガーデン闇の歴史と呼ばれる出来事が今、始まろうとしていた。
沈黙が痛い。
スコールのお供としてF.H.にやってきたゼルとセルフィは得体の知れない居心地の悪さに視線を泳がせた。
サイファー発見の報告が入った時に出張でいなかったアーヴァインが憎い。
説得に向かわされたスコールの代わりに指揮官代理となったキスティスも憎い。
いや、彼らは不可抗力だろう。
アーヴァインの出張はかなり前から決まっていた事だし、キスティスが代理になるのも頷ける話だ。
頷けないのは今ここにいる自分たちである。
目前で相対する彼らから視線を外すわけにもいかず、ゼルとセルフィは心の中でだけ学園長に罵声を送った。
F.H.にてサイファー及び風神・雷神を発見。
それ自体には問題はなかった。
彼らの発見は待ち望まれていた事であり、発見者には特別報酬が与えられて然るべきである。
サイファーを説得、場合によっては拘束しバラム・ガーデンで保護する事。
学園長のこの決定もおかしくはない。
魔女の騎士として、戦犯として追われている彼らだが、元は付き合いの長い仲間である。
死刑台に送られるのを防げるものなら否はない。
説得には指揮官スコールが当たり、臨時の代理としてキスティスがガーデンの指揮を執る事。
これも当然の措置である。
あのサイファーに対峙してガーデンに戻るよう説得し、言葉での説得が失敗した時は力尽くで強制連行。
これをスコール以外の誰が出来るというのだ。
説得(というか通達)まではゼルたちでも可能だろうが、サイファーに戦闘で勝利してガーデンに引っ張っていくなどと、物理的に出来るか否かという以前に怖くてやりたくない。
全身全霊で拒否したいところだ。
幸いにして学園長もその辺りを承知していたようで、スコール以外の者は胸を撫で下ろしたものである。
ここまではいい。
問題は次だ。
ゼル・セルフィ両名はスコールの護衛に付く事。
この指示にはさすがに、反射的にイヤだと叫びながらバックダッシュで学園長の前から逃げ出そうとした二人である。
サイファー説得のその場に居合わせるだなんて、ある意味モルボルの巣に投げ込まれるよりイヤだ。
八つ当たりがいつ向かってくるともわからない。
大体あのサイファーが素直に「はい」と言うわけがないのだから、最初から戦闘が眼に見えている。
言葉では護衛でも、実態は戦闘時におけるスコールの援護要員だ。
相手がモンスターなら喜んで従うものだが、サイファー相手だと条件反射で断りたくなる。
青ざめて引きつった顔もそのままに任務を誰かに押し付けようとした時、学園長がにっこりと微笑んだ。
「これは命令ですよ」
伝家の宝刀を突き付けられたSeeDに拒否の言葉は許されない。
がっくりと肩を落とした二人に追撃が来る。
「以上の指示をスコール君に伝えてから出発して下さいね」
そういえば肝心のスコールがいない。
すでに指示を受けて別の場所にいるものと思っていたのだが、まさか。
二人の動きが凍り付いた。
「ス、スコールにはまだ言ってないんですか…?」
「はい。今日の彼は久しぶりのオフでして、聞いたところによると自室で休んでいるそうです。ここに呼び付けるのも可哀想ですからね。君たちから伝えて真っ直ぐ向かうようにして下さい。そろそろF.H.に着く予定です」
つまり、久しぶりのオフでぐっすり寝ているであろうスコールを叩き起こして、サイファーたちが見つかったから説得してガーデンに連れてくるようにとの学園長の指示を伝えて、まずはスコールをF.H.のサイファーの元に連れて行かなければならないという事だ。
「学園長の方から伝えて…」
「はっはっは。私も命は惜しいですからね。それでは二人とも、頼みましたよ」
言い捨てて、学園長は退室を命じた。
俗な言い方をすれば『保身に走りやがったコイツ』である。
ガーデン内では有名な話で、スコールの寝起きは非常に悪い。
任務中、仕事中ならばともかく平常時は惰眠を貪る猫のようだと評判であった。
寝起きが悪くなかなか起きない上に、睡眠を邪魔されるととことん不機嫌になる危険物。
とある休日、訓練の誘いに来たサイファーに無理矢理起こされて不機嫌になり、寝惚けたままフレアの詠唱を始めて血相を変えた同室者とサイファーに取り押さえられたという笑えない実話が残っているぐらいである。
何が恐ろしいって、寝惚けた状態での高位魔法の詠唱にも関わらず、きっちり発動可能な状態にまで持っていった事であろう。
以降、この逸話を聞いた者は全員、スコールを予定外に起こして命を縮めようとは思わなくなったのである。
「……ゼル、スコールはんちょ起こすの任せたわ」
「なっ! 俺がやるのかよ?! 冗談じゃねーぞ!!」
「ほら、うちって女の子やし〜。はんちょも一応男の子やで? いきなり女の子に部屋入ってこられたら可哀想やんか」
「バカ言え! 男に起こされた方が不機嫌になるに決まってんだろ。こういう時こそセルフィの出番だ」
「うっ……そもそも学園長が呼び出しかければ良かったんに…」
「まったく、職権乱用もいいとこだぜ。何で俺らが…」
それは学園長とて寝起きスコール不機嫌マックスの眼前に立ちたくなかったからなのだろうけれど。
とは言え、任務は任務だ。
ぐちぐち言いながらも二人の足は寮にあるスコールの部屋へと向かっている。
スコールの部屋の周囲が妙に静かな事に首を傾げつつ問題のドアの前に立った時、ゼルは天を仰いだ。
セルフィは口を開けて固まった。
貼り紙が一枚、微風に揺れている。
書いてある言葉はたった一文、『睡眠中につき騒ぐな』と。
何だろう。この問答無用の圧力は。
「ああああああ……」
「イヤや…もうイヤや…うちはまだ若いんや…」
こんな状態で穏やかな眠りから引き上げた場合、不機嫌魔神スコールがドアからお出ましになる事は間違いない。
サイファー確保という大任の前にスコールを起こすという崖っぷちに立ってしまった二人は、精一杯世の無情を噛み締めた。
魔女戦争後、伝説のSeeDと持てはやされ、各国の政治家・軍人・有力者と会談し、マスメディアに追いかけ回され、ガーデンの指揮を執り、連日分刻みのスケジュールに拘束されていた我らが指揮官殿の久しぶりの完全オフである。
キスティス曰く、室内の端末も携帯の電源も切っている上に工具を持ち出してきてインターフォンも放送設備も切ったという念の入りよう。
明日の朝までは余程の非常事態でドアを破られない限りは出て来ないだろうという見立てだ。
それほどストレスが溜まっていたという証拠なのだろうが、ここまで念入りに立て籠もられると学園長でなくとも腰が引ける。
ドアの前で二人揃って煩悶する事しばらく。
微かな揺れが足下から伝わり、バラム・ガーデンがF.H.に停船した旨の放送がかかる。
もはや猶予はない。
「……セルフィ、こうなったら死なば諸共だ」
「ううう…イヤやけど一人で突撃するよりマシなのね〜」
何が悲しくて長閑な寮内で悲壮な決意を固めねばならないのやら。