壊滅ブルー
血涙を流す思いでゼルは慎重にドアをノックした。
「スコール、休んでるとこ悪ぃけど起きてくれ。非常事態が発生して任務が入ったんだ」
「学園長からスコールとゼルとうちの三人でF.H.に降りるよう言われてるのね〜」
ごんごんごんごん。
ノックの合間に言葉をかける。
しばらくの間呼び掛けを続け、このままでは埒があかない、シェルとプロテスとリジェネとヘイストをかけて特攻するべきかと悩み始めた時、小さな電子音が響いた。
どうやら切ったインターフォンを内側で再接続したらしい。
ジジッと雑音が入った後、インターフォンが繋がった。
『……任務内容は何だ』
予想通りの凄まじく機嫌の悪そうな低音の問いに、うっと二人がたじろぐ。
これはもう確実に怒っている。
ドア越しに寝惚けたスコールから魔法が飛んでこなかっただけでも良しとするべきなのだろうか。
インターフォンの向こうから身支度を調える音が小さく聞こえてきた。
「その、何だ、実は今いるとこってF.H.なんだよ」
「サイファーはんちょと風神・雷神がここで見つかったのね〜」
「学園長が俺たちでサイファー説得に当たれって。説得出来なかったら強制的にでも連れてこいってよ」
「風神と雷神はうちらで抑えるから、サイファーはんちょの事はスコールはんちょに頼むわ〜」
「サイファーをどうにか出来るのってお前しかいな…」
ゼルは最後まで言う事が出来なかった。
重低音の破壊音とともにインターフォンが雑音を吐き出す機械に変身したのである。
ザーザーうるさいインターフォンに、ゼルとセルフィは盛大に顔を引きつらせた。
これはつまりアレだ。
推測するに、任務のあまりのバカらしさにキレたスコールがガンブレードで内側のインターフォンを叩き壊したのだろう。
うわあ、不機嫌…。
世間の煩わしさと日々の忙しさから脱してようやく久々に手に入れた大切なオフの、心安らかな昼寝の時間を、サイファーに(別に彼のせいではないが)邪魔されたのだから、寝起きのスコールの不機嫌さが倍増したのも仕方のない事に思える。
ゼルは心の中でサイファーに合掌した。
セルフィはサイファーのタイミングの悪さにそっと目頭を押さえた。
そんな二人の前に、命拾いしたドアから不機嫌大魔王が現れる。
「……行くぞ」
ガンブレードを引っ提げ、据わった眼で歩き出したスコール。
「………………」
「………………」
ゼルとセルフィは言葉もない。
寝起きとは思えない程きっちりと身成を整え、寝癖一つないいつものスコールなのだが、ただ一点においてのみ違和感爆裂のものがあった。
……いや、何も言うまい。
沈黙は金と唱え、二人はスコールを追ってF.H.へと降り立ったのである。
視線が痛い。
それがゼルの感想だ。
ガーデン内で擦れ違った生徒、F.H.で擦れ違う住人全てが眼を丸くしてスコールたちを見送った。
関係ない立場であれば同じく奇異なものを見たと思って固まった事だろう。
かなりの速度で歩いていくスコールについていきながら、何となく居たたまれなくなる二人である。
一度も速度を緩める事なくF.H.の船着場へと入った時、見覚えのある金色の頭と白いコートが眼に入った。
「あ、サイ…」
呼び掛けようとした瞬間、スコールに止められる。
視線で待機を命じて、スコールだけがサイファーへと近付いていった。
見回して風神と雷神の姿を探すものの、所用でいないのか姿が見えない。
不穏な気配に気付いたらしいサイファーが振り返り、口端を持ち上げて、そして凍り付いた。
さもあらん。
今のスコールは控えめに言っても違和感が走り出しそうなくらい変なものを持っている。
然るべき店でそれが売っている分にはおかしくない。
スコールが持っているのが武器や本、書類などであれば誰も固まらない。
それは、スコールの手にあるからこそサイファーを凍り付かせる事が出来るくらい、変なのだ。
その変なものを、スコールは小石でも投げるかのように無造作に、サイファーに向かって放り投げた。
あまりの自然な動きに、思わずキャッチしてしまったサイファー。
「スコール、これは何の冗談だ…?」
今まで誰一人として訊ねる事の出来なかった事を、サイファーが呻くように言う。
少しは機嫌の悪さが収まったのか、それとも眼が覚めてきたのか、スコールがいつものごとく淡々と説明した。
「別に冗談なんかじゃない。それの名前は『元気溌剌ジョニー・ゴルバート君3号』というそうだ」
「……どこから突っ込むべきだそれは」
サイファーの手に渡っても素晴らしい違和感を発するそれ、元気溌剌ジョニー・ゴルバート君3号(長いので以下ジョニー)。
彼は、見るからに可愛らしくデフォルメされた大きなクマのぬいぐるみである。
首元に結ばれたピンクのリボンが凶悪なまでのファンシーさを醸し出していた。
つまりはだ。
寝起きのスコールは、自分の部屋からこの船着場まで、女の子が持つに相応しい愛らしさを持つジョニーを抱えてきたという事である。
目撃してしまった人間が片っ端から固まったとしても誰も責められないだろう。
「ちなみに」
淡々とスコールの声が続く。
「それはサイファーに会ったら渡してくれとリノアから言われていた…」
現代の魔女の名が出た瞬間、サイファーは背後に広がる青い海に向かってジョニーを全力投球していた。
ゼルとセルフィは反射的に身を伏せる。
5・4・3・2・1……
「抱き枕型時限爆弾だ」
ゼロ。
轟音と閃光を発してジョニーは爆発した。
「さすがはリノア製。正確かつ慈悲深い威力だ」
何がどう慈悲深いのだろう。
衝撃と揺れが収まったところで、サイファーが唸る。
「スコール、一つ訊くがアレの1号と2号はどうした?」
「俺が切り捨てた」
「3号も切り捨てやがれッ!!!」
その通りだ。
スコールの後ろでゼルとセルフィは深く深く頷いたのであった。
そして冒頭の沈黙に戻る。
ジョニーの爆発で霧散した緊張を取り戻したかのように、沈黙と静寂が場を支配していた。
青く澄んだ綺麗な海には船の残骸が漂っている。
F.H.のみなさん、ごめんなさい。
学園長、もっと考えて派遣して下さい。
キスティス、アーヴァイン、助けて。
思考がどんどん現実から逃げていく二人である。
眼の前にはガンブレード片手に対峙するスコールとサイファー。
「で? わざわざ俺を爆破しに来たのか、お前は」
「いや、あんたを爆破したかったのは俺じゃなくてリノアだろう。まぁ、彼女なりの挨拶だとは思うけどな」
挨拶で木っ端微塵になった船五隻はどうなる。
生真面目に答えるスコールにサイファーがげんなりと溜息を吐いた。
「あの破壊迷惑散布魔女とは後で話を付けてやる…。だから、お前は何しに来たってんだよ」
「半分はリノアの届け物だ。残り半分は……………………………………………………」
力いっぱい言うべき言葉を見失って小さく首を傾げ、くるりと振り向くスコール。
眼で問い掛けてくるスコールに、ゼルとセルフィは覚悟を決めた。
心で泣いて口で補足を入れてやる。
「サイファーの説得。ガーデンに連れてくるようにって学園長が言ってたんだよ」
「だそうだ」