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Strong Enough

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 忍足はやはり宥めるように、ぽんぽんと軽く叩いて、深く息を吐いた。その溜息にびくりと反応する跡部に苦笑い、うつ向く跡部に唇を寄せ、囁くように呟く。
「跡部はたまにえらいアホんなるな」
 その、笑いを滲ませた言葉に跡部は眉を顰めた。率直に馬鹿にされたと思ったのである。そんなことは自分でも嫌になるほど思ったのだから、あえて指摘して欲しくはない。
 けれど、忍足の意図は少し違うようだった。
「俺が跡部から離れる訳ないやん」
 自信たっぷりに云う。
 その言葉は跡部に一時の嬉しさを与えたけれど、跡部の疑念を払うには足りなかった。
 何も云わずに耳を傾ける跡部に刷り込むよう、何度も忍足は云い続ける。
「別れるなんて、有り得へんよ。俺、跡部が思うとるよりずっと、ずうっと、お前に惚れてるんやもん。跡部が嫌やー云うても、もう放したらへん」
 言葉と共にぎゅっと強く抱き締められて息が詰まった。
 跡部はそっと甘えるように忍足の首元に頬を擦り寄せる。
「……俺が、自分勝手な人間でも……?」
 微かに震える声音で跡部が問う。
「構へんよ。俺、跡部のわがままは結構好きやねん」
 跡部のこめかみに唇を落とし、忍足が答える。
「いつか、忍足のことを傷付けるかもしれない……」
「別にええよ。傷付かないですむほど易しい気持ちやないねん。俺も跡部のこと傷付ける時が来るかもしれへんし、お互い様やん」
 二人で傷付いたことなら、二人で癒すこともできるはず。
「いつか、……俺がお前のこと、嫌いになったら……?」
 自分の言葉に自分で傷付いていては世話ない。跡部は胸に手を当て握り締める。
 跡部の、もはや声ではなく吐息で語られた言葉に、忍足はゆっくりと跡部の身を起こし、その薄く潤む碧眼を見て、子供のように健やかな笑顔で笑った。
「そんでもええよ。その分俺がおまえんこと好きやから」
 跡部は眼を閉じて、忍足の笑顔、言葉を噛み締める。そして躊躇うように忍足へと腕を伸ばし、抱き締めた。
「なあ、跡部。不安になったら何時でも確かめてな?何べんでも答えたるさかい。せやから、……せやからな、お前の中にいる俺を、消さんといて……?」
 不安になって一番辛いのは、自分だけでなく相手も胸を痛めること。けれど、そんな相手が傍に居てくれることは幸運に他ならず、心配を掛けたくないために黙ったことがかえって哀しませてしまっていることに気付き、跡部はただ頷くことしかできなかった。
「ああ、……ごめん。」
 小さく呟いた言葉ごと掬うようにくちづけて、忍足は跡部を抱き寄せた。




 忍足は跡部を抱きしめながら、内心深く動揺していた。ほのかに香る跡部の髪に顔を埋めながら、擦り付けるように擦り寄る。
 不安なのは自分だけなのかと思っていた。
 何時だって潔く、自信たっぷりの跡部だから、恋愛絡みで怖くなることがあるなんて思ってもみなかった。どんな人でも弱くしてしまうのが恋というもの。逆にどこまでも強くしてくれるのも恋の作用。そんな、心理的作用が跡部にも起こるとは考えもしなかった忍足である。
(こう云ったらあかんのやろけど、なんや、嬉しいなあ)
 自分だけじゃないのだと、自分ひとりの想いではないのだということが、とても嬉しい。跡部は普段から面倒くさがって言葉を惜しむから喜びも一入である。きっと、こんな風に思っていることが知れたらぶん殴られるのがオチであろうが、嬉しいものは嬉しい。
 くふふ、と小さく含み笑う忍足に、跡部が不審そうな顔で見上げる。それに何でもないと首を振って、少し離れた分を取り戻すように再びぎゅっと抱き締めた。
 自分が弱っていては、それが跡部に伝染してしまう。それなら、もう悩むことは止めよう。自分はもっと強くならないといけない。彼のためにも、自分のためにも。




 偶にはこうやって気持ちを確かめ合うのもいいのかもしれない。相手が見えなくて怖くなるのも、逆に限りなく愛しく想えるのも一人じゃできないから。そう感じるだけで幸せな気持ちになれる。

 きみが居てこその恋だと、
 きみが居てこそこのぬくもりが愛しいのだと、
 くちづけに込めて。

 愛しきみへ。
作品名:Strong Enough 作家名:桜井透子