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琥珀

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【 壱 】





 着慣れた法衣の裾が綻びかけているのに気づいて、アズサはふうと息を吐いた。
 修行が終ったら、繕わなくてはならない。
 寺の裏庭の雑草を抜きながら、あの日に食べそびれた母の手料理を思い出す。
 たっぷりの野菜と、鶏肉の入ったスープ。豆と小麦をこねて、焼いたパン。
 決して豪華ではないが、寺で修行中の身には、贅沢に思える品だった。
 突然の夜から、丸一年が経った。
 あの日咲いた白い花は、また蕾を膨らませている。
 財務省で文官を勤めていた父は、収賄の罪に問われているらしい。
 元々は武人の家系で、貴族階級ではないものの、長く続いた名士であった。
 父自身は戦いよりも、内勤が性に合っていたらしく、本家を継ぐことは出来なかったが、彼自身の努力で地位を上げていった人だった。
 その影響で、アズサも文学や経済に造詣を深めた。そして、武術の好きな母は、息子に剣術や棒術を習わせた。
 竹箒を握る手に、ぎりっと力がこもる。
「お父さんは、何もしてない」
 裏金を受け取って、その金を女に貢いでいたと聞かされた母は、きっぱりと言い切った。
 そうして、罪人の息子ということで、無理やり出家させられることになった息子に、揺るがぬ声で父を信じろと言い切った。
 獄中にある父は、故郷の母と妹たちは、どうしているのだろうか。
 手が止まりがちになることに、またため息をついて、手当たり次第に草を抜き始めた。
「あ、…あず、……オ…」
 んっ? と顔を上げると、木の影から小柄な少年が、こちらを覗き見している。
「レン」
 おどおどとこちらを伺っていたレンは、名を呼ばれて、ひよこのような頭をふわふわさせつつ、小走りに寄って来た。
 寺にやってくる学者の息子だが、妙に気弱で、どもりがひどい。
 初めて会ったときも、怯えて会話にならず大変だったが、段々話せるようになってきた。
 もっとも、かみ合わないことのほうが、多いのだが。
「オ、てが……っ」
 テガ? と頭をひねって、彼の懐から出された紙束に、目を奪われた。
 震える手で出された手紙には、懐かしい母の文字があった。
 出家と言っても、体のいい軟禁状態にあるアズサにとって、自由に外に出ることも、手紙を書くことも出来なかった。それをレンが、手紙を届けると言ってくれたのだ。
「レン、ありがとなっ」
 思わず出した大きな声で、薄い色の髪をした少年が三歩くらい下がったが、気にせず封を開ける。
 中には、息子の身を案じていること、なんとか生活していることが書かれていた。父の現状については、触れられていない。多分、投獄されたままなのだろう。
 手紙を大事に畳んで、懐にしまう。もう一度、レンに礼を言おうとして、木の影でびくついてる姿に少しイラッとする。
 怯えさせないように一歩近づいた時、兄弟子が呼ぶ声が聞こえた。
 見上げた木の上に、白い花が一つ咲いていた。
作品名:琥珀 作家名:藤堂 蔦葉