meet again
『起床』
「見知らぬ、天井だ……」
そうつぶやきながら、俺はゆっくりと起き上がった。
最近の若い生徒にはこの台詞の元ネタわかんねーだろな、などと思いつつ。
まだ少し寝ぼけている頭を振ると、ここがどんな場所かはとりあえずわかった。
小さなログハウスだかロッジだか、そんな建物。見渡すと他にベッドのようなものが二つあり、それぞれに10歳ほどの少年と少女が眠っていた。
少女はキャミソールのようなものを着ている。俺がロリだったら速攻でいただく程度には可愛い。だがそんな趣味はない。断じて、無い。
少年は……これは、野球のユニフォームか？ 木製のバットを大事そうに抱えて眠っている。
窓の外を見る。視力が悪いので目を細めると、そこは少なくとも日本ではなかった。
見たこともない鳥が飛んでいる。見たこともない木が生えている。……ここは森の中か。なぜ俺はこんなところに？
子供たちはまだ目を覚ます様子がない。そっと一人で出て行って、状況だけでも把握しておくか。
俺は入り口のドアノブに手を伸ばした。そして愕然とした。
自分の手が小さい。
あわてて全身を見た。腕も、足も、体も細い。ついでに言えばドアノブの位置も妙に高い。
どう考えても自分が若返ったか、でなければ縮んだか、だ。
着ている服は、寝る前に来ていたＴシャツと緩めのジーンズ。が、一緒に小さくなっている。
やはり縮んだのか……？
そのとき、外から肉食系のヤバめな獣（多分）の咆哮が聞こえた。
自慢じゃないが俺はチキンでヘタレで臆病者の小市民だ。
……後の二人が目覚めるまで、とりあえず待つことにした。
「見知らぬ、天井……」
そうつぶやいて、少女がむくりと起き上がった。これは間違いなく同世代もしくはそれ以上!
つい無意味なガッツポーズをとる。そんな俺に向かって彼女は言った。
「坊や、ここはどこ？」
……落ち込んではいけない。今の俺は坊やと呼ばれても確かに見た目はおかしくない。
だが見た目は子供、頭脳は大人。少なくとも死亡フラグのような縁起の悪い呼び方だけはしないでくれ大尉ッ！
「あれ、私も子供だ」
俺が凹んでる間に、彼女も現状を把握したらしい。
おや、彼女の頭から、何か蒸気のような細い筋が出ている。
「それ、何？」
そういって俺は煙？ を指差したけど、少女は首をかしげながらそちらを見て不思議がっている。
「何もないけど……」
どうやら、俺にしか見えないらしい。もしくは、俺が幻でも見てるのか。
目を細めてみると、彼女と、そして自分の体にもその蒸気が少しだけまとわりついている。
……なんか、ものすごーく嫌な予感がした。
自分の右手をこぶしに握り、そこに全身の血をかき集めて送るようにイメージしてみる。
すると、俺の周りの蒸気が薄くなり、拳の周りの蒸気が明らかに増えている。
イメージすることをやめると、それは霧散して俺の体の周囲に戻っていった。
コレ……俺が寝る前に読んでいたあのマンガの能力と同じじゃね？
いや、まさか、な。そんなはずはない。
「何してんの？」
「いや、なんでもない。それより君はなんていう名前なんだ？」
「私？ 私は……」
沈黙。時々、え、だの、そんな、だの小さな呟きが聞こえ、みるみるうちに彼女の顔が青ざめた。
「どうした？」
「名前……覚えてない」
それは、記憶喪失なのか？ だとすれば、いったいどうして。
「ああ、じゃあ俺が先に名乗るよ。俺の名前は……」
多分、今の俺は彼女に負けず劣らず顔面蒼白になっていることだろう。
俺の名は……何だ？
そんな、俺は記憶喪失じゃない！ 25歳独身、高校の非常勤講師で何とか食いつないでるヘタレセンセーだ。生徒におちょくられるのが日課だ！ 試験の出題範囲を教える時に具体的に出す問題まで口を割らされたくらいヘタレだ！
非常勤で入ったとき、教師（の一部）がボーナスすら無い時給制のバイトみたいなもんだと知って絶望に打ちひしがれたのは三年前だ。今住んでるボロいワンルームの家賃が水道光熱費込みで6万と知って即決したのも三年前だ。内装に手を入れてなくても別に問題ない。壁紙が破れてたって生活に支障はない。
ほーらよく覚えてる、いらんことまで。
「あの……」
……待て、cool be 俺。ここは明らかに俺のワンルームじゃない。壁は木造じゃなかったしここには台所もない。俺の部屋にベッドを三つも入れる余裕もない。入れたら他のものが置けなくなるじゃないか。
「すんません……」
ささやくような声は、テンパっている俺たちの耳には届かない。
「なんで？ 何で名前わかんないのっ!? 私今日起きたら今度こそ絶対ちゃんと告白するって決めてたのに!!」
告白……ほほう、片思いか。俺はこないだ振られたばっかりだぜ……じゃなくて。ここはどこ……
「オレも話に混ぜて欲しいッス！」
大声で叫ばれ、二人してその方向を見る。どうやらもう一人も起きたようだ。
「まずは俺たちの置かれた状況を整理しよう」
「はい」
「はい」
二人とも素直に頷く。いい子だ。俺の教え子もこんなのばっかなら楽だったのに……。
まず最初に、全員が同じ場所（というのも変だが、前の世界）からやってきたことを確認しあった。
全員、日本に住んでいたらしい。というかその位、日本語を喋った時点で気づかなかった自分の浅はかさにちょっと凹む。
「じゃあ次は、自己紹介だ。申し訳ないが覚えている限りのことを話して欲しい。最初は、俺からする」
自分の寝ていたベッドの枕元に黒縁の眼鏡が置いてあったので、それを着けてみた。度があっているらしく、視界がクリアになる。少女は可愛いし、少年は負けん気の強そうな顔をしている。自分の顔はわからない。鏡がないからな。
「名前は、覚えていない。年齢、25歳。職業、非常勤だが高校で教師をやっている」
「教師!?」
二人が同時に声を上げた。
「何か？」
別に珍しい職業でもないと思うが。あ、あれかセンセーって響きがイヤなのか？ だが俺はその辺のにーちゃんと対して変わらんぞ。先生だなんていわなきゃよかったかな。
「あ、いや、ぐーぜんっつーかなんと言うか、私は高校生なんです」
「オレもっス」
……ほう、俺だけが成人してるということか、頭の中身が。というか同世代じゃなかったのか、少女。
そんな俺のorzな心中はおくびにも出さず、話を進めよう。
「えーと、続けていいか？」
「はい」
二人の返事はシンクロ率100％。ああ、俺の教え子も（ｒｙ
三人の結果をまとめるとこんな感じだ。
最後に起きた少年が自分の名前を『蹴る人』と書いてシュートだと覚えている以外は、三人ともほぼ全ての人名を忘れている。
歴史上の人物や有名人などはわかるけれど、自分の身近にいた人間の名前や顔は全く思い出せない。
以前住んでいたところも、ここにきた理由も全くわからない。
他にも、それぞれに欠落した記憶がある。だが、意思の疎通に困るほどの記憶障害ではない。
服装は、俺の場合は就寝時の姿だったが二人は違う。理由はそれぞれのものだった。
「見知らぬ、天井だ……」
そうつぶやきながら、俺はゆっくりと起き上がった。
最近の若い生徒にはこの台詞の元ネタわかんねーだろな、などと思いつつ。
まだ少し寝ぼけている頭を振ると、ここがどんな場所かはとりあえずわかった。
小さなログハウスだかロッジだか、そんな建物。見渡すと他にベッドのようなものが二つあり、それぞれに10歳ほどの少年と少女が眠っていた。
少女はキャミソールのようなものを着ている。俺がロリだったら速攻でいただく程度には可愛い。だがそんな趣味はない。断じて、無い。
少年は……これは、野球のユニフォームか？ 木製のバットを大事そうに抱えて眠っている。
窓の外を見る。視力が悪いので目を細めると、そこは少なくとも日本ではなかった。
見たこともない鳥が飛んでいる。見たこともない木が生えている。……ここは森の中か。なぜ俺はこんなところに？
子供たちはまだ目を覚ます様子がない。そっと一人で出て行って、状況だけでも把握しておくか。
俺は入り口のドアノブに手を伸ばした。そして愕然とした。
自分の手が小さい。
あわてて全身を見た。腕も、足も、体も細い。ついでに言えばドアノブの位置も妙に高い。
どう考えても自分が若返ったか、でなければ縮んだか、だ。
着ている服は、寝る前に来ていたＴシャツと緩めのジーンズ。が、一緒に小さくなっている。
やはり縮んだのか……？
そのとき、外から肉食系のヤバめな獣（多分）の咆哮が聞こえた。
自慢じゃないが俺はチキンでヘタレで臆病者の小市民だ。
……後の二人が目覚めるまで、とりあえず待つことにした。
「見知らぬ、天井……」
そうつぶやいて、少女がむくりと起き上がった。これは間違いなく同世代もしくはそれ以上!
つい無意味なガッツポーズをとる。そんな俺に向かって彼女は言った。
「坊や、ここはどこ？」
……落ち込んではいけない。今の俺は坊やと呼ばれても確かに見た目はおかしくない。
だが見た目は子供、頭脳は大人。少なくとも死亡フラグのような縁起の悪い呼び方だけはしないでくれ大尉ッ！
「あれ、私も子供だ」
俺が凹んでる間に、彼女も現状を把握したらしい。
おや、彼女の頭から、何か蒸気のような細い筋が出ている。
「それ、何？」
そういって俺は煙？ を指差したけど、少女は首をかしげながらそちらを見て不思議がっている。
「何もないけど……」
どうやら、俺にしか見えないらしい。もしくは、俺が幻でも見てるのか。
目を細めてみると、彼女と、そして自分の体にもその蒸気が少しだけまとわりついている。
……なんか、ものすごーく嫌な予感がした。
自分の右手をこぶしに握り、そこに全身の血をかき集めて送るようにイメージしてみる。
すると、俺の周りの蒸気が薄くなり、拳の周りの蒸気が明らかに増えている。
イメージすることをやめると、それは霧散して俺の体の周囲に戻っていった。
コレ……俺が寝る前に読んでいたあのマンガの能力と同じじゃね？
いや、まさか、な。そんなはずはない。
「何してんの？」
「いや、なんでもない。それより君はなんていう名前なんだ？」
「私？ 私は……」
沈黙。時々、え、だの、そんな、だの小さな呟きが聞こえ、みるみるうちに彼女の顔が青ざめた。
「どうした？」
「名前……覚えてない」
それは、記憶喪失なのか？ だとすれば、いったいどうして。
「ああ、じゃあ俺が先に名乗るよ。俺の名前は……」
多分、今の俺は彼女に負けず劣らず顔面蒼白になっていることだろう。
俺の名は……何だ？
そんな、俺は記憶喪失じゃない！ 25歳独身、高校の非常勤講師で何とか食いつないでるヘタレセンセーだ。生徒におちょくられるのが日課だ！ 試験の出題範囲を教える時に具体的に出す問題まで口を割らされたくらいヘタレだ！
非常勤で入ったとき、教師（の一部）がボーナスすら無い時給制のバイトみたいなもんだと知って絶望に打ちひしがれたのは三年前だ。今住んでるボロいワンルームの家賃が水道光熱費込みで6万と知って即決したのも三年前だ。内装に手を入れてなくても別に問題ない。壁紙が破れてたって生活に支障はない。
ほーらよく覚えてる、いらんことまで。
「あの……」
……待て、cool be 俺。ここは明らかに俺のワンルームじゃない。壁は木造じゃなかったしここには台所もない。俺の部屋にベッドを三つも入れる余裕もない。入れたら他のものが置けなくなるじゃないか。
「すんません……」
ささやくような声は、テンパっている俺たちの耳には届かない。
「なんで？ 何で名前わかんないのっ!? 私今日起きたら今度こそ絶対ちゃんと告白するって決めてたのに!!」
告白……ほほう、片思いか。俺はこないだ振られたばっかりだぜ……じゃなくて。ここはどこ……
「オレも話に混ぜて欲しいッス！」
大声で叫ばれ、二人してその方向を見る。どうやらもう一人も起きたようだ。
「まずは俺たちの置かれた状況を整理しよう」
「はい」
「はい」
二人とも素直に頷く。いい子だ。俺の教え子もこんなのばっかなら楽だったのに……。
まず最初に、全員が同じ場所（というのも変だが、前の世界）からやってきたことを確認しあった。
全員、日本に住んでいたらしい。というかその位、日本語を喋った時点で気づかなかった自分の浅はかさにちょっと凹む。
「じゃあ次は、自己紹介だ。申し訳ないが覚えている限りのことを話して欲しい。最初は、俺からする」
自分の寝ていたベッドの枕元に黒縁の眼鏡が置いてあったので、それを着けてみた。度があっているらしく、視界がクリアになる。少女は可愛いし、少年は負けん気の強そうな顔をしている。自分の顔はわからない。鏡がないからな。
「名前は、覚えていない。年齢、25歳。職業、非常勤だが高校で教師をやっている」
「教師!?」
二人が同時に声を上げた。
「何か？」
別に珍しい職業でもないと思うが。あ、あれかセンセーって響きがイヤなのか？ だが俺はその辺のにーちゃんと対して変わらんぞ。先生だなんていわなきゃよかったかな。
「あ、いや、ぐーぜんっつーかなんと言うか、私は高校生なんです」
「オレもっス」
……ほう、俺だけが成人してるということか、頭の中身が。というか同世代じゃなかったのか、少女。
そんな俺のorzな心中はおくびにも出さず、話を進めよう。
「えーと、続けていいか？」
「はい」
二人の返事はシンクロ率100％。ああ、俺の教え子も（ｒｙ
三人の結果をまとめるとこんな感じだ。
最後に起きた少年が自分の名前を『蹴る人』と書いてシュートだと覚えている以外は、三人ともほぼ全ての人名を忘れている。
歴史上の人物や有名人などはわかるけれど、自分の身近にいた人間の名前や顔は全く思い出せない。
以前住んでいたところも、ここにきた理由も全くわからない。
他にも、それぞれに欠落した記憶がある。だが、意思の疎通に困るほどの記憶障害ではない。
服装は、俺の場合は就寝時の姿だったが二人は違う。理由はそれぞれのものだった。
作品名：meet again 作家名：皆戸 海砂