可愛い子猫と愛日和
「あの………爪切りって、ありますか」
「……は?」
(え、爪切り?いやそれぐらいあるけど、なんで今?)
「えーと……なんで爪切りがいるの?」
「…爪が伸びてるから、ですよ」
「いやそりゃ分かるけれど…なんで今?」
「だ、だって……」
理由が恥ずかしいのか、帝人は半ば泣きそうな顔で視線を彷徨わせる
臨也としては早く理由が知りたい(というのは建前で、本音は早く先に進みたい)ので、帝人に少し詰め寄って視線を合わせる
帝人の大きな瞳に、余裕のない自分が映っていた
「…帝人君?」
「…ぁ…、」
少しトーンを下げた声で、耳元で名前を呼ぶと、帝人の細い肩がびくりと震えた
帝人はこれに弱い、それを知っているから実行する
ずるいとは思うけれど、こっちだって色々と我慢しているので見逃して欲しいと臨也は胸中で呟いた
「…だって、」
「だって?」
ついに観念したのか、帝人は消え入りそうな声で“理由”ぽつぽつと零し始める
「だって………か、ら」
「え?」
「…………臨也さんの…背中に、傷……つけちゃう…から」
“理由”を言い終えた帝人は、もう勘弁して欲しいといわんばかりに眼をぎゅっと瞑って真っ赤の顔を隠すように俯けさせた
一方の臨也はというと、ぽかんと口を開いたまま固まっている
(背中に傷って、…え?)
(つまり…そういうこと、だよね)
段々思考が動き始めると同時に臨也の中で溢れ出したのは、紛れもない帝人に対する愛しさや喜びだった
(ああああああもう!なんて可愛いんだろうこの子は!)
我慢しきれなくなった臨也は、勢いよく帝人の身体をぎゅうっと抱きしめた
帝人は小さく悲鳴を漏らしたが逃げようとはせず、それどころかそっと背中に手を回してくる
それでまた愛しさが募って、臨也は抱きしめる力を強くした
「そんなこと気にしていてくれたんだね、可愛いなぁ帝人君は!」
「う……そんなことじゃ、ないです」
「気にしなくてもいいのに、てか俺としては寧ろ傷つけてくれたほうが嬉しいけど」
「な、なに言って…!」
「だって、つまりその傷は」
愛の証、ってことだろう?
酷く穏やかな笑顔でそう呟いた臨也は、帝人の唇に短いキスを落とす
それだけで足りるはずもなく、何回も何回もそれを繰り返していく
「い、いざや……んっ」
「可愛い、もう堪んないや。ねぇ帝人君、爪なんて切らなくていいからさ、しようよ?」
「……っ」
「ねぇ…」
ぺろりと耳を舐め上げると、びくびくと肢体が震える
耳朶を甘噛みすると、甘い悲鳴が聞こえた
「ほら、早くしないとここでしちゃうよ?いいのかな?」
「ずるい、です…臨也さん」
「ずるくて結構」
こてん、と帝人が臨也に身体を預けたのが肯定の合図
臨也は帝人の頬に両手を添えると、こつんと額をくっつけて視線を絡めるとにんまりと笑った
対する帝人は羞恥心やらなにやらで泣く一歩手前の状態だ
「いっぱい傷つけていいからね、帝人君」
「…………ばか、知らないですから…もう」
語尾にハートマークがつきそうな調子で呟く臨也に、帝人は“今回も長くなりそうだ”と胸中で溜息を吐くのだった
『あら貴方、なんなのその背中の傷』
『え、あぁ…ちょっと猫にね』
『は?猫?』
『これがまた可愛い黒の子猫でねぇ、結構甘えん坊で恥ずかしがりやなんだ』
『なに馬鹿なこと言って……あぁ、成程。もう結構よ』
『あれー?もっと聞いてよ波江ー』
『うざいから黙って頂戴、貴方は精々その猫に嫌われて逃げられて独り身になればいいわ』
『ちょっ…なにそれやめてよ不吉すぎるんだけど!?』