幻惑の翅
捕まえた腕は震えて、無理やりに仰向かせた面は青ざめている。
ああ、本当にこいつは綺麗な顔をしてやがるんだな、と改めて認識した。
さらさらと流れる黒髪も、片手でつかめるほどの輪郭も、伏せた眼を縁取る長い睫毛が紅い虹彩に影を落とす、その在りようまで。月光はこの男の容貌を、危うく魅せつけてくる。
造形の妙を凝らしたような美貌に見入りながら、ついにここまで追い詰めた愉悦を感じて高揚した。
しかし、臨也は静雄を見ようとせずに視線を降ろしたまま、歯を食いしばるように唇を歪める。
その風情に、すとんと高揚した気分が落ちて、そのまま顔を支えていた手を離した。逃すことのないようにと、その二の腕は拘束したままだ。頭をかくりと落とした臨也の淡く光沢を放つ白いうなじが見える。沈黙が二人のあいまを支配し続けるかと思えた数呼吸後。
「……何の用」
いつもより擦れた声が小さく問いかけてきて、それでもまだこちらを見ようとしない臨也に焦れる。
「なんで俺を見ないんだ?」
「どうでもいいだろう!そんなこと!何の用だよ」
悲鳴のような声を上げて取り乱した臨也が、腕を振り払おうと躍起になって暴れだし、それが仇になって、二人は縺れ合い折り重なるように地面に崩れてしまった。
下に敷かれた臨也が、びくりと身体を振るわせるのを感じ、慌てて身を起こした静雄は臨也の手を引いて起こそうとしたのだが。バシッと音を立てて、その手は払われる。
右の腕を顔に置き、左の腕は払った勢いのまま横に倒れる。そうして、臨也は笑い出した。
「ふふ……あはは!シズちゃん。今日の君は本当におかしいよ。さっきだって、今だってチャンスじゃないか、振るいたいだけの暴力をふるって俺を叩き潰して殺せばいいのに」
かっと餓えにも似た怒りがこみ上げるものの、確かに今の自分がおかしい事は、静雄も自覚するところだった。
この男は憎くて仕方ないノミ蟲だというのに、どうにもあの時の、穏やかで慈愛に満ちた微笑が心を攫って。
「なぁ、プシュケってのは何なんだ?」
結局、静雄の口をついて出たのは始まりの言葉だった。
ああ、本当にこいつは綺麗な顔をしてやがるんだな、と改めて認識した。
さらさらと流れる黒髪も、片手でつかめるほどの輪郭も、伏せた眼を縁取る長い睫毛が紅い虹彩に影を落とす、その在りようまで。月光はこの男の容貌を、危うく魅せつけてくる。
造形の妙を凝らしたような美貌に見入りながら、ついにここまで追い詰めた愉悦を感じて高揚した。
しかし、臨也は静雄を見ようとせずに視線を降ろしたまま、歯を食いしばるように唇を歪める。
その風情に、すとんと高揚した気分が落ちて、そのまま顔を支えていた手を離した。逃すことのないようにと、その二の腕は拘束したままだ。頭をかくりと落とした臨也の淡く光沢を放つ白いうなじが見える。沈黙が二人のあいまを支配し続けるかと思えた数呼吸後。
「……何の用」
いつもより擦れた声が小さく問いかけてきて、それでもまだこちらを見ようとしない臨也に焦れる。
「なんで俺を見ないんだ?」
「どうでもいいだろう!そんなこと!何の用だよ」
悲鳴のような声を上げて取り乱した臨也が、腕を振り払おうと躍起になって暴れだし、それが仇になって、二人は縺れ合い折り重なるように地面に崩れてしまった。
下に敷かれた臨也が、びくりと身体を振るわせるのを感じ、慌てて身を起こした静雄は臨也の手を引いて起こそうとしたのだが。バシッと音を立てて、その手は払われる。
右の腕を顔に置き、左の腕は払った勢いのまま横に倒れる。そうして、臨也は笑い出した。
「ふふ……あはは!シズちゃん。今日の君は本当におかしいよ。さっきだって、今だってチャンスじゃないか、振るいたいだけの暴力をふるって俺を叩き潰して殺せばいいのに」
かっと餓えにも似た怒りがこみ上げるものの、確かに今の自分がおかしい事は、静雄も自覚するところだった。
この男は憎くて仕方ないノミ蟲だというのに、どうにもあの時の、穏やかで慈愛に満ちた微笑が心を攫って。
「なぁ、プシュケってのは何なんだ?」
結局、静雄の口をついて出たのは始まりの言葉だった。