Happy Birthday
『お誕生日おめでとう青葉。母さん今日も帰れなくてごめんなさいね。これでお友達とケーキでも食べてね』
誕生日の朝はいつもこの文章で始まる。
「未成年の飲酒はダメだよ」
「俺は飲んでませんよ」
部屋の隅でジュース片手に座っていた先輩の隣に俺は腰を下ろした。部屋の中央では仲間達が騒いでる。毎年の恒例の光景だ。
「青葉君が飲んでなくても」
「酒飲んでる奴は成人してる奴ですよ。あとは、これ酒に見えますけどアルコール入ってないんですよ」
「そうなの」
「ええ、気分だけです」
生真面目な性格の先輩は、その言葉を信じて安心してくれたみたいだ。それでも差し出した缶は受け取らないからどこか疑っているのかもしれない。法を犯していると言うなら、先輩は他にも色々しているはずだが、飲酒を咎める所が先輩らしい。
「いつもこうなの?」
「ここ数年はそうですね」
今日の主賓を無視して盛り上がるメンバーを先輩は楽しそうに見つめている。
いつ頃からは覚えていないが、多分両親が離婚した辺りからだと思う。母親が転職し、帰宅出来ないことが増え、それでも記念日だけはと頑張っていたようだが、それも叶わなくなってくると母は友達と楽しみなさいと言うようになった。
もう高校生なのだから、親と二人で誕生日を祝うのも恥ずかしい。だが、こうして仲間達と連んでいるのは楽しい。
「誕生日だなんてさ、もっと早く教えてくれればいいのに」
プレゼントを用意したのにと先輩は言うが、俺は特に支障がなければ仲間からのプレゼントは受け取らないようにしている。変わりにこの饗宴のためのモノを提供して貰っている。
大抵は飲食物だが、CDやDVD、ゲームなどを持ち込む者がいる。もちろんプレゼントではなく、自分達が視聴したり遊んだりするためのものだ。
「すみません。急に母の仕事が入ったもので」
今年は珍しく母が帰れそうだったが、直前でやはりダメだと分かった。急な集まりはいつものことなので、メンバーは特に気に掛けることもなかったが、ダメ元で先輩にも声を掛けたのだ。断るだろうと思っていたが、意外にも先輩は承諾してくれた。まさかの展開に驚きつつも俺は落ち着きを隠せずにいた。
「先輩は手土産持ってきてくれたじゃないですか」
実家から送られてきたという煎餅と、ジュースを二本持って来てくれた。
「でも、こんなことならもう少し持ってくれば良かったかな」
「でも、先輩、買い出しも付き合ってくれたじゃないですか」
先輩と俺、それと車の運転出来る奴とで、近くの大型量販店まで行き色々と買い込んできたのだ。軍資金は母からのと、みんなからのカンパだ。
それで仕入れてきた材料や、みんなからの持込で簡単な料理を作ったり、買ってきた物を食べたりと、みんな思い思いに過ごしている。俺はそんな気の置けない空間が好きなんだ。
「でも、あのケーキは笑えたよ」
「でも、ケーキですよ?」
「そうだけど……」
笑い堪えようとしているらしいが、振るえている背中が隠しきれていない、先輩は笑いを抑えながらなんとか言葉を続けた。目元が少し濡れている。そこまで笑うことだとは思えないんだけど……
この人数ではホールケーキを買っても高く付くだけで、均等に分けることも出来ず、おまけに大きなケーキを購入するには予約が必要で、そんな余裕のない俺達には手が出し憎いものとなっていた。
元より気にしない面子ばかりなのもあって、ケーキ代わりにホットケーキを焼くことにしている。これなら、みんなで焼くことも出来るし、費用も安く済む。その浮いた分で他のモノを買い込めるのだ。
何回も繰り返してきたせいで、仲間内のテクニックや段取りはなかなかのモノになっていた。
沢山焼いて重ねたホットケーキに、生クリームやフルーツを飾り、チョコペンで文字を書くだけの質素だけど楽しいケーキを先輩が興味深げに見つめていた。
今でも机の上のホットプレートでは誰かがホットケーキを焼いている。その脇では、何かを炙ったり、焼いたりが行われている。
「自由だね」
「嫌でしたか?」
「ううん、楽しいよ」
片手にしていた缶を床に置くと、先輩は膝を抱えて丸くなった。膝頭に顎を乗せながら喧噪の元となっている部屋の中心を見つめている。
「僕、こんな大勢とこんなことしたことないから……」
そう俯く先輩の姿は俺が第一印象に抱いていたままの懐柔しやすそうな、気の弱く大人しい人の良さそうな少年そのものだ。この人の凄いところは、その弱そうな面も、あの姿もどちらも彼自身であるということだ。二面性などという生易しいものではない、どちらも平等に彼そのものなのだ。
「でも、これは多すぎますよ。お前等、明日片付けろよな」
「えー、青葉ん家だろう、青葉やれよ」
「俺の誕生日なんだけど」
「明日になったら、違うだろ」
「お前等、今日だって俺が色々やってんだろ」
気の置けない仲間達はいつもの軽口で応戦し合っている。こんなことを言うが、そのくせ翌日はちゃんと片付けるのだ。だからこそ、このやりとりが楽しい。笑いながらの言い合いに先輩の声が混じってきた。
「あ、青葉君。僕、明日片付けやるよ」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「えっ、どうして静まるの?」
一瞬にして静寂が訪れた。俺の隣に座っている先輩は、目を白黒させながら事態が飲み込めない様子だ。
だが、その静寂もほんの一瞬、いや二瞬ほどで、すぐに笑いの渦に包まれた。
「やっぱ、リーダー面白れぇぇ」
「サイコー」
「オレもリーダー手伝うわ。あっ、青葉のは手伝わねぇー」
先輩はもはや訳がわからないと首を傾げている。そんな姿の先輩の肩をバンバン叩く奴や、どうぞと何か食べ物を持ってくる奴もいる。貢ぎ物かと思うほどに……
こうしてこの人は彼等にも浸透していくのだろう。いつしか、ここに居ることにも違和感を与えないほどに、先輩は目立たない、目立てない。そして、どこかに紛れていても溶け込んでしまい解らなくなってしまう。それを目の当たりにした気がする。
「いい加減にしろよな……」
エキサイトしている先輩への貢ぎ物に、俺は口を挟んだ。先程からみんな馴れ馴れしく先輩に触り過ぎなんだ。
それでも先輩は、一人きょとんとして今の状況を理解していないようだ。それでも、モノを受け取る度に小さくお礼の言葉を呟いてる。
本当にこの姿を見ると、あのことは夢でも見ていたのではないかと思う。だが、こんな人だからこそ俺は選んだのだ。鈍く疼く右の掌を俺は撫でた。
誕生日の朝はいつもこの文章で始まる。
「未成年の飲酒はダメだよ」
「俺は飲んでませんよ」
部屋の隅でジュース片手に座っていた先輩の隣に俺は腰を下ろした。部屋の中央では仲間達が騒いでる。毎年の恒例の光景だ。
「青葉君が飲んでなくても」
「酒飲んでる奴は成人してる奴ですよ。あとは、これ酒に見えますけどアルコール入ってないんですよ」
「そうなの」
「ええ、気分だけです」
生真面目な性格の先輩は、その言葉を信じて安心してくれたみたいだ。それでも差し出した缶は受け取らないからどこか疑っているのかもしれない。法を犯していると言うなら、先輩は他にも色々しているはずだが、飲酒を咎める所が先輩らしい。
「いつもこうなの?」
「ここ数年はそうですね」
今日の主賓を無視して盛り上がるメンバーを先輩は楽しそうに見つめている。
いつ頃からは覚えていないが、多分両親が離婚した辺りからだと思う。母親が転職し、帰宅出来ないことが増え、それでも記念日だけはと頑張っていたようだが、それも叶わなくなってくると母は友達と楽しみなさいと言うようになった。
もう高校生なのだから、親と二人で誕生日を祝うのも恥ずかしい。だが、こうして仲間達と連んでいるのは楽しい。
「誕生日だなんてさ、もっと早く教えてくれればいいのに」
プレゼントを用意したのにと先輩は言うが、俺は特に支障がなければ仲間からのプレゼントは受け取らないようにしている。変わりにこの饗宴のためのモノを提供して貰っている。
大抵は飲食物だが、CDやDVD、ゲームなどを持ち込む者がいる。もちろんプレゼントではなく、自分達が視聴したり遊んだりするためのものだ。
「すみません。急に母の仕事が入ったもので」
今年は珍しく母が帰れそうだったが、直前でやはりダメだと分かった。急な集まりはいつものことなので、メンバーは特に気に掛けることもなかったが、ダメ元で先輩にも声を掛けたのだ。断るだろうと思っていたが、意外にも先輩は承諾してくれた。まさかの展開に驚きつつも俺は落ち着きを隠せずにいた。
「先輩は手土産持ってきてくれたじゃないですか」
実家から送られてきたという煎餅と、ジュースを二本持って来てくれた。
「でも、こんなことならもう少し持ってくれば良かったかな」
「でも、先輩、買い出しも付き合ってくれたじゃないですか」
先輩と俺、それと車の運転出来る奴とで、近くの大型量販店まで行き色々と買い込んできたのだ。軍資金は母からのと、みんなからのカンパだ。
それで仕入れてきた材料や、みんなからの持込で簡単な料理を作ったり、買ってきた物を食べたりと、みんな思い思いに過ごしている。俺はそんな気の置けない空間が好きなんだ。
「でも、あのケーキは笑えたよ」
「でも、ケーキですよ?」
「そうだけど……」
笑い堪えようとしているらしいが、振るえている背中が隠しきれていない、先輩は笑いを抑えながらなんとか言葉を続けた。目元が少し濡れている。そこまで笑うことだとは思えないんだけど……
この人数ではホールケーキを買っても高く付くだけで、均等に分けることも出来ず、おまけに大きなケーキを購入するには予約が必要で、そんな余裕のない俺達には手が出し憎いものとなっていた。
元より気にしない面子ばかりなのもあって、ケーキ代わりにホットケーキを焼くことにしている。これなら、みんなで焼くことも出来るし、費用も安く済む。その浮いた分で他のモノを買い込めるのだ。
何回も繰り返してきたせいで、仲間内のテクニックや段取りはなかなかのモノになっていた。
沢山焼いて重ねたホットケーキに、生クリームやフルーツを飾り、チョコペンで文字を書くだけの質素だけど楽しいケーキを先輩が興味深げに見つめていた。
今でも机の上のホットプレートでは誰かがホットケーキを焼いている。その脇では、何かを炙ったり、焼いたりが行われている。
「自由だね」
「嫌でしたか?」
「ううん、楽しいよ」
片手にしていた缶を床に置くと、先輩は膝を抱えて丸くなった。膝頭に顎を乗せながら喧噪の元となっている部屋の中心を見つめている。
「僕、こんな大勢とこんなことしたことないから……」
そう俯く先輩の姿は俺が第一印象に抱いていたままの懐柔しやすそうな、気の弱く大人しい人の良さそうな少年そのものだ。この人の凄いところは、その弱そうな面も、あの姿もどちらも彼自身であるということだ。二面性などという生易しいものではない、どちらも平等に彼そのものなのだ。
「でも、これは多すぎますよ。お前等、明日片付けろよな」
「えー、青葉ん家だろう、青葉やれよ」
「俺の誕生日なんだけど」
「明日になったら、違うだろ」
「お前等、今日だって俺が色々やってんだろ」
気の置けない仲間達はいつもの軽口で応戦し合っている。こんなことを言うが、そのくせ翌日はちゃんと片付けるのだ。だからこそ、このやりとりが楽しい。笑いながらの言い合いに先輩の声が混じってきた。
「あ、青葉君。僕、明日片付けやるよ」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「えっ、どうして静まるの?」
一瞬にして静寂が訪れた。俺の隣に座っている先輩は、目を白黒させながら事態が飲み込めない様子だ。
だが、その静寂もほんの一瞬、いや二瞬ほどで、すぐに笑いの渦に包まれた。
「やっぱ、リーダー面白れぇぇ」
「サイコー」
「オレもリーダー手伝うわ。あっ、青葉のは手伝わねぇー」
先輩はもはや訳がわからないと首を傾げている。そんな姿の先輩の肩をバンバン叩く奴や、どうぞと何か食べ物を持ってくる奴もいる。貢ぎ物かと思うほどに……
こうしてこの人は彼等にも浸透していくのだろう。いつしか、ここに居ることにも違和感を与えないほどに、先輩は目立たない、目立てない。そして、どこかに紛れていても溶け込んでしまい解らなくなってしまう。それを目の当たりにした気がする。
「いい加減にしろよな……」
エキサイトしている先輩への貢ぎ物に、俺は口を挟んだ。先程からみんな馴れ馴れしく先輩に触り過ぎなんだ。
それでも先輩は、一人きょとんとして今の状況を理解していないようだ。それでも、モノを受け取る度に小さくお礼の言葉を呟いてる。
本当にこの姿を見ると、あのことは夢でも見ていたのではないかと思う。だが、こんな人だからこそ俺は選んだのだ。鈍く疼く右の掌を俺は撫でた。
作品名:Happy Birthday 作家名:かなや@金谷