Happy Birthday
深夜、日付を跨ぐ頃になるとメンバーもだいぶ減りはじめる。初めから一定数居たわけではなく、彼等は入れ替わりやってくるのだ。集会というわけでもないので、みなそれぞれの所用を終えてから、時間の許す限りで参加しにくる。 思い思いの自由な時間に現れ、帰って行くのだ。この時間まで残っている者は、夜通し騒ぎたいお調子者か、翌日の片付けをしたい変わり者のどちらかだ。
残っている先輩は前者でも、後者でもなく、帰るタイミングを逃したお人好しだ。本人はそれにすら気付いていないだろうが、そのことを指摘するつもりはない。帰すはずがない。
この楽しい時がずっと続けばいい、だが終わりはいつかやってくる。
誕生日の日の終わりを告げるのは、いつだってこのメールだった。
『誕生日おめでとう、青葉。――蘭』
また今年も懲りずに送られてきたメールに、俺は不快感を隠せずにいた。表情を繕うことには自信がある。予期していたとはいえ、そのメールはいつも俺から平常心を奪っていく。それでも、努めて表情を出さずに携帯を綴じれば、サブディスプレイが午前零時を告げていた。
「ふぁ~あ」
小さな欠伸を先輩は上げた、隣で微睡む姿は相当眠たそうだ。
「先輩、ここでは眠れないでしょう? 俺の部屋に行きますか?」
ビクンと先輩の体が跳ね上がった。少し頬を赤く染め顔を伏せた先輩は、暫くしてから睡魔には適わないのかお願いと小さく訴えた。
彼が警戒するのも、赤面する理由も俺にはすぐわかった。先輩は俺の部屋に何度か来たことがある。その度に、俺達はセックスしている。いつのまにか、そんな関係になった先輩にとって、俺の部屋は俺との性交と同じことになるのだろう。
始まりは、俺の怪我がきっかけだった。今も残る掌の疵の原因は先輩であり、俺と先輩との契約の証ともなった。
あの刺された日から、そう経っていないあの日、先輩は僕にこう問い掛けた。
『何か困っていることはない?』
あの日から、先輩は顔を合わせれば手のことを心配していた。その心配に及ぶ怪我をさせた張本人だというのに、まるで他人事のように、それでいて自らが加害者であると誇示するように怪我の様子を問うのだ。そして、いつも彼はあの時のように、治療に使う救急箱を用意していた。
その底が見えない不気味さに俺は暫く先輩を警戒していたが、困ったことはないのかと言う問い掛けに、少しの遊び心が芽生えたのだ。言うなれば、これほど恐怖とを不快感を与えた相手への意趣返しのつもりだった。
『右手がこれなんで、オナニーが出来ないのが不便ですね』
妙に純粋で、性に関しては疎いところのある先輩ならば、怒り出すか呆れるかするだろうと思っていた。さあ、どう出るのだと構えた俺に、彼は真剣な眼差しで俺を射抜いた。
『手伝うよ』
初めは何かの冗談かと思った。それとも、俺を揶揄しているのだろうとも思っていた。だが、彼は俺とは違い、表情に嘘を着くような人ではなく、真摯な表情を貫き本気なのだと訴えている。
『それじゃあ、お願いできますか?』
本気で手伝うというのならば、させてやろうと、今は理解できていないだけかもしれず、直前となれば嫌がり拒否する姿が見られるかもしれない。
だが、それは適わずじまいだった。
俺の部屋に呼び出した先輩の手つきは、拙いにも程があるもので、自身を慰める時はこれで大丈夫なのだろうかと妙な不安に駆られるほどの腕前だった。
もどかしいそれは、頂点へと導かない変わりに、ひたすら煽るだけの技巧とも思えた。それはお互いにだったらしく、後はなし崩しで本能の興奮のままに俺は先輩の体を貪っていた。
何度も先輩の体を貪った後、興奮から醒めた俺はその過ち気付き恐ろしくなった。あの時、痛みを受け入れろと刺された掌が激しく痛んだ。だが、先輩は情欲に掠れた声と互いの体液で汚れた笑顔でこう口を開いたのだ。
『すっきりした』
その余りにも爽やかすぎる言葉に、俺は気付いたらこう呟いていた。
「はい、またお願いします」
図々しい俺に対してなのか、先輩は苦笑を口許に浮かべていた。
その関係は未だに続いている。もう手はそれなりに回復しており、そんな必要はなくなったのだが、先輩は俺が望めばいつでもその体を提供してくれる。初めは、先輩が俺に付き合う形だったが、今は先輩の方も満更ではないようで先輩に俺が付き合うこともある。
先輩も男だ。性欲とは無縁で純潔な人だと思っていたが、一度覚えた快楽には逆らえないのか、それとも元々彼には性行為に対して忌避や、嫌悪感を持っていないのか拒否することだけはなかった。一つ、一つの行為を嫌がることはあっても、性交自体を拒否したことはなかった。
数日前も、普段は自室でする行為をこの部屋のソファーでした。今、仲間達が寛いでいるソファーの上で俺達は貪りあった。初めは先輩も恥ずかしがっていたが、いつもより早い絶頂に興奮しているのだと解った。もしかしたら、母が帰ってくるかもというスリルに酔っていたのかも知れない。
先輩がこうして部屋の隅にいるのは、輪に入れないからではなく、あのソファーに対して気恥ずかしさがあるのだろう。俺だって翌日にソファーを見ただけで、先輩の痴態を思い出した。その場に座っていた母に赤面しているの怪訝に思われたが、テレビ画面では母の好きな恋愛ドラマが流れていたこともあって、それに反応したのと思われたのか、まだまだ子供ねと微笑まれた。その子供は、昨日そのソファーで男の先輩とセックスするような子供ですよと、俺は言葉を飲み込んだ。
その誤解を有り難く受け入れながら俺は自室に戻った。あの日の先輩は、恥ずかしい恥ずかしいと泣きながら、白い歓喜の雫も漏らしていた。それでも、俺を受け入れ、何度も欲しいと強請り続けた。その姿を反芻しながら俺は一人処理をした。
思い返すだけで、むくむくと込み上げている欲望に耐えきれず俺は立ち上がった。
「行きましょう。先輩」
「うん」
先輩の背中を押しながら、俺は彼を部屋へと連れ込みベッドの上に座らせた。再び音を立てて鍵を掛けた。
とすんと隣に腰掛けると、うつらうつらとした先輩が身を委ねてくる。その可愛らしい姿を受け止めながら、その体をベッドに押しつけた。
「ん? あ…… あお…ばく……ん?」
眠いのか大きな瞳を半分閉ざして、とろんとした表情で先輩が俺を見上げている。
「せーんぱい、約束ですよ。しましょう」
「えっ、な……に?」
その上に乗り上げると、俺は先輩の首筋に顔を埋めてペロリと舐め上げた。
「うちに親が居ないときはセックスするって約束しましたよね?」
「あっ、……うん。やっ、待って……」
未だ微睡みの中なのか、先輩は小さく頷いた後、手を翳して俺を制した。
「嫌ですか?」
短い先輩の黒髪を梳きながら耳元で囁く、耳朶を軽く吸い上げればピクピクと体を震わせている。結構、先輩のイイ所は発掘したつもりだ。
「い、嫌じゃないけど……、みんないるよ?」
「潰れてますよ、あいつら」
壁の向こうの彼等から目を反らすように、先輩は顔を横に向けるが、その剥き出しの首筋に唇を寄せた。
「でも……、入ってきたら」
「鍵、掛けましたよ」
「でも……」
作品名:Happy Birthday 作家名:かなや@金谷