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空の欠片

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ワン、と聞きなれた声でペニーは慌てて体を起こした。
いつの間にか眠っていたのか、と目の前のモニターを見る。
相変わらず何の反応も無いグラフにいささか安堵の息を吐いて、足元を見た。
ペニーの膝に前足だけを乗せて、机の上を覗き込むように頭を乗せる。その頭を撫でると彼は少しだけペニーを見て、また床の上に戻った。まだ少し大きめの首輪が揺れる。
彼が定位置であるドア近くの場所に座ると、ペニーはまたモニターに視線を戻した。
眠る前に入れたコーヒーはとうに冷めていて、手に取りかけてやめる。
ちょうど、定期的にやってくる宇宙からの写真が音を立てて出力された。おそらく新たに発見された彗星だろう。手を伸ばす前に出力が終わって、床にヒラリと落ちる。
ドアの前にいた彼が軽い足取りでその写真を銜えてペニーの元へ持ってくる。
「ありがとう、ジュニア」
別のモニターに星図のデータを出すと、表示された記号を照らし合わせる。
前は一つずつ手でやっていた作業が記号化され、機械化された今はずいぶんと作業が早くなった。
その分、星図を片手にしていた子供の頃のような高揚感はなくなってしまったけれど。
壁にかけられた古い写真に笑顔で写る自分。
両親の顔は、もうこの写真の表情しか思い出せない。
いや、とペニーは少し眉を顰めた。

知っている。
両親の最期の顔を、まだ覚えている。
無表情の、眠る顔。
手を振って分かれたあの時とはまったく違うものとして再会したときの顔。
ああ、何で思い出したんだろう。今思い出さなければ、忘れていられたかもしれないのに。
机に両肘をついて、深くため息をつく。
事件の後、空っぽだった棺に納めた。子供の頃は訳も分からず過ぎていった時間に再び遭遇する。
その時も、彼らは無表情に眠るだけだった。人を怖いと思ったのは初めてだった。
自分が永遠に眠る時も、あんな表情になるのだろうか…
不意に電子音が響いて、ペニーは慌てて顔を上げた。
「はい、カーター…なんだお前か」
何だとは失礼な、と少しいらついた返事が聞こえる。どうやら向こうは外出先らしく受話器の向こうが騒がしい。ペニーは受話器をさらに耳に押し付ける。声だけを良く聞こえるようにする機能を開発中だとは聞いたが、街の機械化が進むようならば早めに完成してもらわねばならないだろう、と考える。
『聞いてるか?たった今、承認がおりたんだ』
慌ててペニーは雑音の中の声に集中する。
『国際宇宙機構からの返答だ。急げば今年中に宇宙型望遠鏡の打ち上げができるぞ』
「本当か!」
思わず立ち上がった拍子に、いくつか積み上げていた書類が落ちた。ビリーが急いで連絡してきたのはそれだったのか。ペニーの足元で、何事かと彼が顔を上げる。だがすぐに元のように床に伏せた。
地球上からの研究が限界に差し掛かっている今、宇宙に巨大な望遠鏡を打ち上げようと言い出したのは、かのブレスト博士だった。
それにビリーが協力し、キムラ財閥の全面支援で話が進んでいた。
少し前に、設計についての打ち合わせをしたのが記憶に新しい。その時にちょうど多忙を極めていたビリーに直接会うことはなかったが。
ビリーの説明を聞きながら、計画途中で体調を崩して入院した博士をずいぶん長いこと見舞っていないことを思い出して、ペニーは適当な紙の裏に忘れないように記した。
『じゃあ来月までに資料を送ってくれ』
ああ、と返事した頃にはビリーの後の雑音が無くなっていた。車に乗り込んだのだろうと察する。受話器の雑音の向こうからワン、と鳴き声がして電話が切れる。
机の上に電話に受話器を戻して、ペニーはようやく椅子に座った。
これから忙しくなる。
あの資料を集めて、それから…とペニーはモニターを見つめながら考える。
不意に、窓から入り込んだ夕日が反射して眩しくて目を細めた。
こんなに心が躍るのは久しぶりだ。それはまだ知らない宇宙に対する好奇心なのか、それとも彼女に再び会えるかもしれないという期待からなのか。
最後に別れたときの、彼女の笑顔が頭をよぎる。
一瞬だけの、もう笑顔だったのか確信が持てないくらい昔に過ぎ去ったわずかな時間。
あの数日間が自分の運命を変えた。いや、すでに自分の預かり知らないところで両親を失った時から変わっていた。ゆっくりと着実に、自分の周囲は今の未来に向かって進んでいた。自分の知らない間に。

事件の後に誰かが言った。
この全人類の危機に、自分とビリーのような存在があったのは人類が生き残るための必然なのだと。

では自分が両親を失ったのも、彼女がつらい運命を選んだことも必然だったのかと。そんなことを信じたくも無かった。もしそうだとしたら、運命はあまりにも過酷だ。
来るべき日に向けて作られた存在であった彼女自身を救うことすらできず、何が運命かと。
いつの間にか夕日は窓の向こうの稜線に半分ほど隠れていた。
薄暗くなった部屋で、ジュニアが小さく鳴いて、ペニーはその頭をなでて部屋の電気をつけた。
「白夜は昨日で終わりだったな」
北極圏に近いこの場所では、夏になると白夜が訪れて一晩中夕暮れのまま朝になる。時間が止まったような感覚は何度体験しても慣れない。
遮光カーテンを閉めて無理矢理寝るか、このまま作業を続行すべきか悩んで、ペニーはひとつ腕を伸ばしてから立ち上がった。
「散歩に行こうか、ジュニア」
嬉しそうな返事が聞こえたかと思うと、彼は使い古したリードを銜えて持ってきた。
首輪とおそろいのくすんだ赤色。彼に使うまではずっと仕舞われたままのものだった。彼の父親であるワシントンは、成犬になってから無用だったからだ。
「お前くらいになったらもう使わなくなったんだけどな」
いいながらつなぐと、彼は少しだけ首をかしげた。
ワシントンは常に自分の横にいるのが当たり前だった。寮からよく湾岸線を自転車で走る時は彼が少し先を走っていたのに。
彼が遺した5匹のうち、一番似ていた2匹を引き取った。そしてその1匹はビリーを気に入ったらしく無理矢理ついて行ってしまったせいで、一緒にいるのはジュニアと名づけた彼だけになってしまった。
犬嫌いをようやく克服しただけだったビリーは物凄く嫌そうな顔をしながらも満更ではないようで、それなりに仲良くしているのだろう。もっとも、彼が犬と戯れているところは想像するだけで思わず笑ってしまうのだが。
彼が急かすように鳴いて、慌ててペニーは立ち上がった。
「悪かったよ、行こうか」
壁にかけてあった厚手のジャケットを着込む。
散歩から帰ってきたら、作業の続きに取り掛かるとしよう。




あれからどれだけの時間が過ぎたのだろう。
壁にあった電子時計を見て、ペニーはふとその隣の窓の外を見た。
無限の闇。そこに煌めく何万光年も離れた星々。おそらくあの日、彼女が見たであろう風景。あの日から何も変わっていないように見えて、星たちは知らぬ間に誕生と爆発を繰り返している。
ふわりと浮いて、窓のそばを離れる。
「ペニー、お前さんにも会いに来たヤツがいるみたいだぞ」
宇宙ステーションの建造1周年を祝うために、日頃限られている地球との通信が今日だけは自由になっていた。家族との通信を終えたらしい仲間が通りすがりに声を掛ける。
作品名:空の欠片 作家名:ナギーニョ