空の欠片
誰だろうか、と思いながら通信室に向かう。
家族のいない自分に会いに来るなど奇特な、と考えてまさかと思いつく。
『遅い』
モニターの前でペニーは、矢張りか、と少々苦笑いを浮かべた。
『わざわざ来てやったのに何をやってるんだ!』
『そうよ、ペニーさん。ビリーったらそれはそれは今日を楽しみに』
『そんなことは言わなくていい!』
2人の後ろでエメリーが小さく笑ったのが見えた。
「それは悪かった。わざわざ良きライバルであるビリー君が会いに来るなんて思いもしなかったもので」
ビリーがずり落ちた眼鏡を上げながら何か叫んだが、ペニーは指で耳を塞いでおく。少しだけ顔を赤くした彼がネクタイを直して一つ大げさな咳払いをした。
『連絡を取ろうにもメールを出しても返事はしないし、まったくどういうつもりだ』
聞かれると思った。
ペニーはモニターの向こうの彼から少し目を逸らす。
『忙しいなら分かるが、航空局の通信には出てるくせに僕からだけ拒否とはいいご身分だな』
拒否をしたつもりはなかった、と言っても彼には通じないだろう。
ここ1ヶ月ほど外部との必要以外の連絡を断っていた。何かきっかけがあったわけではない。
ただ、この宇宙に身を置くようになって果ての見えない宇宙を眺めるうちに自分がやろうとしている事がとても無駄に思えてきた。人生のほぼ半分を掛けてきたものが、とても意味の無いものだったらどうしようと考えるようになってしまった。
あの日、バグア遊星を飲み込んでいった時空の歪みは、いまだに解明されていない。これだけ飛躍的に科学は進化したのに。そんなことを考えているうちに、自然と彼から届く連絡を見れなくなってしまった。
未読の数が溜まっていくほどに自分の中を焦燥感と罪悪感と虚無感が襲っていく。
『…まあいい』
答えようとしないペニーに対して、ビリーは何かの紙をモニターの前に突き出した。
『この間、HSTが捕らえた五百万光年先で時空の歪みが発生した時のデータだ。これであのときの歪みが何処に繋がったのか分かるかもしれないぞ!』
ペニーはモニターの脇に両手をついて食い入るように見つめた。
『その様子だと昨日送った分も見ていないようだな』
「…悪かった」
フン、とビリーが鼻を鳴らす。ペニーはバツが悪そうに少しだけ笑みを見せる。通信を切ったらすぐに今までの分をすべて見ることにしよう。
『ところで』
通信をこのまま切るのだと思っていたペニーは、スイッチに伸ばした手を止めた。
『どうするんだ?』
「何が」
ペニーは首をかしげる。ビリーが少しいらついたように画面に食って掛かった。
『何かじゃ無いだろう!時空の歪みが解明されて彼女に会いにいけるかもしれないのに!』
『ビリーは、ペニーさんが告白するかどうかを聞いてるのよ』
『ロッタ!僕はそういう…』
ペニーは一瞬その意味を図りかねて呆然としたせいで、後半の会話は耳に入らなかった。
「べ、別にそんなつもりあるわけないだろ!」
ずれたタイミングで顔を赤くして2人の会話に割り込む。はあ?とビリーが眉を顰めてペニーの方を向いた。
『何を言ってるんだ!それじゃあ君は何のために今まで彼女を探してたんだ!』
モニターの向こうから指をさされてペニーは返答に詰まる。
『そうでなければとっくに結婚していたっていい年じゃ無いか!少なくとも僕は今まで君がそのつもりだと思って協力してきたんだ!』
してきたんだ、と言われてもとペニーは頭を掻く。
彼女にもし再会したらどうするかなど考えたことも無かった。
好きだったんだろと言われれば、それはあの日から変わっていない。だから探し始めたんだと思い出す。
宇宙の果てだって、僕たちなら可能だろ
いつの間にか忘れていた。ビリーはあの頃から変わらないのに、自分だけが見失いそうになっていた。
『何を呆けているんだ!』
言われて、ペニーは少し照れを隠すように笑った。
しっかりしろよ、と腕を組んだビリーが言うのを笑って誤魔化す。
ビリーが通信を切る。ペニーは一人で、呆れたように息を吐いた。
まったく、本当に自分のよくライバルは時々自分が驚くことを言い出してくれる。
おかげで自分はまた道を迷わずに進めそうだ、と何も映らないモニターにペニーはまた少し笑った。
『あなたが、好き』
あの時、応えることができなかった。
地球の運命よりも彼女を選んだ。それがすべての答えだと、分かっていたのに。
今なら応えることができる。
扉が閉まる直前、泣き出しそうな目をしたのに、微笑んだ彼女に。
君があの時微笑んでくれなかったら、僕はここにいなかった。
その勇気をくれた君に伝えたいことが沢山あるんだ。