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空の名前

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いつの間にか心から笑わなくなった。
それはずっと前からだったかもしれないし、最近の事なのかもしれない。
人気のない図書館の机で、ペニーは静かにため息をつた。その音すら本たちに吸い込まれる。
少なくとも両親が健在だった頃は、ワシントンを抱きしめて駆け回っていた日々はいつも笑っていたのに。
あの事件を覚えている人間はそう多くない。両親を覚えている人も、もう少なくなってしまった。
時の流れは自分の心にはあまりにも残酷で。
それは逆にいつか宇宙へ飛び立ち、自分が両親を探しに行くという目標を与えもしたけれど。
あまりにも重過ぎる、とペニーは頬杖をついていた体勢から机の上で頭を抱えた。
ふと顔を窓のほうに向ける。
外はここ数年続いている異常気象で初夏だというのに猛暑が続いていて、容赦ない光を注いでいた。
しまった、とペニーは慌てて荷物をカバンに押し込めた。
ガチャガチャと急に煩くなった事で、年老いた館長ににらまれるのも構わずに外に出る。
「ワシントン!」
呼ぶと、ポーチの日陰で臥せっていた黒い彼が首を上げ、それがペニーだと分かるとすぐに駆け寄ってきた。
慌てて水を出すと彼に与える。1時間の約束だったのに、その時間は既に過ぎ去っていた。
「悪かったよワシントン」
水を飲み干した彼は許してくれたのか、ワンと一声鳴いてペニーの自転車のところまで走っていく。
擦り切れたリュックを肩に背負いなおして、ペニーも彼に続いた。
湾岸沿いの通りに出ると、街中よりは幾分か涼しい風が髪を揺らす。
ゆっくり走らせて、隣でワシントンが追いつくのを見る。
寂れた漁船が幾つか並んでいる脇を通り過ぎる。海面温度が上がって漁が出来ないのだとラジオは言っていた。「だから、きっとあれのせいなんだ」
ペニーはさっきまでいた街のほうを振り返った。地球首都メトロポリタンに聳え立つ高層ビル群が所狭しと密集して見える。
少し走ればこんなにものどかな場所になるのに。
あの街が世界の中心になったのはここ数年ほどの事だ。キムラ財閥が頭角を現し、最新エネルギー『G反応機関』が使われるようになってから。キムラがもともと拠点にしていたメトロポリタンはそのおかげで真っ先に発展した。
それと反比例するかのように街の外は時の流れに乗り損ねた寂れた場所になってしまった。
まるで自分と同じだ。
いつまでも昔の事に固執するなと教授に言われた。そんなに拘っているつもりはなかった。ただ、あの日最後に見た手を振る2人の姿が離れないだけだ。
「少し走ろうか、ワシントン」
ワン、と承諾の声が返ってきた。それを合図に少しだけスピードを上げる。強くなった風が上着をはためかせた。
漁船の並んだ海岸線を抜けて、賑わう海水浴場の先を進む。急に坂道になって気付けば海は崖下になっていた。
崖先に建つこじんまりとした屋敷の他に見るべきものはない。ちょうどそこから派手な色の高級車が出て行ったところだった。
高い位置にいるせいか、自転車を止めても心地よい潮風が吹く。
自転車を道端に乗り捨てて、近くの芝生に転がった。
少しだけ息が切れる。自分の体も鈍ったものだ。
見上げれば視界は雲ひとつない青空だった。その上を鴎の群れが通り過ぎて、海の向こうへと去っていく。あの羽で、何処まで遠く飛べるのだろうか。
そんな考えを起こすのは無駄だと知っている。けれども自分が飛ぶ術を知らないから、そう思ってしまう。もし飛べたのならば、彼らをもっと早く探しにいけるかもしれないのに。
「拘ってる、か」
そばに寄り添ってきたワシントンがか細く鳴く。やはり固執しているのだろうか。
自転車にかけていたリュックから、慌てて詰め込んだままだった昨日の新聞が落ちた。
1面は大きく写真入りで、G反応炉搭載の貨物機が消失したことを伝えている。
2人が乗ったシャトルも初めてG反応炉を搭載したものだったからだろうか。その地面を見るだけで反応してしまう。探してしまう。そこに何か答えがあるような気がして。
「…帰ろうか、ワシントン」
しばらく空を眺めていたペニーは、陽が翳りだしたのに気付いて起き上がった。
出来ることなら、あの日に帰りたいと思うのは、我侭なのだろうか。



「まったく、今日も暑いな」
ロッタの横で、ビリーは窓の外を眺めながらわざと嫌味っぽく言った。
いつものペントハウスから少し外に出ただけで強い日差しに皮膚が焼けそうになる。
「しょうがないわ、ビリー」
ロッタがそう言って宥めている間に車は街中を抜け、図書館の前に止まる。
エメリーが扉を開ける前にビリーは勝手に車を降りて木製の重い扉を開けた。ひやりと涼しい空気が流れてくる。
司書以外の人影は見当たらなかった。中央図書館とは違う、小さな図書館はこんなものかもしれない。もっとも、中央図書館ならばキムラの名前さえ出せば自分がワザワザ取りに行く必要もなかったのだが。
「こんなところに、本当に残ってるのか?」
何処の図書館にも保存されていなかった古い専門書があると調べたのはいいが、少し黴臭い匂いにビリーは顔を顰めた。館長に案内されて、奥の部屋へと向かう。
途中の机の下に、誰かが忘れていったのだろうか、紐のついた学生証が落ちていた。
「どなたのかしら」
ロッタがビリーの視線に気付いて足を止めた。
「ああ、カーターのでしょう。後で渡しておきますよ」
彼女が拾いに行くよりも先に、先頭を歩いていた館長が少し振り返って答えた。
この館長が覚えるほど常連なのだろうか、とも思ったがビリーはすぐに関係ない、と再び歩き始めた館長の後を追った。



昨日までの黒い空が嘘のように明るい青空を見上げた。
街のあちこちで起きていた火災も昨日の夜半には鎮火し、朝を迎えたことによって人々はようやく再び平和が訪れたのだと理解し、喜んだ。
ペニーは複雑な思いを抱えたまま朝を迎え、ようやく水平線に太陽が顔を出し始めた頃に外へ飛び出した。
少し傷の増えた自転車を走らせて海岸線に出る。
役目を終えた迷宮機関は静かにそこにあった。それを背後にして、海岸線を走る。ところどころ陥没した道に苦戦しながら坂道に差し掛かる。
あの事件がなければ、あの日見た崖上の屋敷がロッタの、ブレスト博士の屋敷だと知ることはなかっただろう。
そしてここまで自分を掻き立てる何かを与えはしなかっただろう。
何かを守りたいと思うことも。誰かを大切だと本気で思うことも。
登り終えた頃には太陽は丸い姿をちょうど海の上に現したところで、空は白と青のグラデーションを作り上げていた。太陽に向かって、鳥の群れが黒い影のように通り過ぎていく。
「あの日は、翼を欲しがっていたけれど」
翼がないと飛べないと思っていた。
飛ばなければ何も出来ない気がして。
何も出来ないのが怖くて。
「でも」
ペニーは青く染まった空を見上げて大きく息を吸い込んだ。まだ綺麗に澄んだ、とは言えないけれど、街中よりは幾分心地よい空気が肺の中に染み込んでいく。

飛び立つための風はここに吹いてるんだ。
だから、もう翼を欲しがったりしないよ。

『僕はここで待っているから』


ゆっくりと、ペニーは空に向かって微笑んだ。



the end.
「まだ寝てたのか」
作品名:空の名前 作家名:ナギーニョ