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空の名前

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久しぶりに聞く声と同時に、カーテンの開く音。瞼を閉じているのに眩しくて、ビリーは堅く目を瞑って毛布の中に頭を隠す。彼の呆れたようなため息が聞こえた。構うもんか。
「暇な君と違って、僕は朝まで仕事してたんだ」
予想外に布団の中から返ってきた声にペニーは少し驚いた。だがすぐに目を細めて見下ろすと、短く切ったばかりの髪を掻く。
「だからって昼まで寝てるつもりか」
「うわっ!」
言い終わるが早いか、ペニーは一気に毛布を引っ張った。
布団の中で温んでいた空気が無くなって、ビリーは慌てて起き上がった。自分を見下ろすペニーを睨みつける。
「起こしてくれと言ったのはそっちだろう?」
「誰も起こしてくれなんて頼んでない!断じて!」
それもこんな乱暴に、とビリーは渋々サイドテーブルに置いていた眼鏡を取った。窓の外の青空と白い入道雲が眩しくて、目を細める。
彼と同じようにシーツを口で引っ張っていたワシントンを、ビリーは目を細くして見下ろした。


週末に恒例となりつつあった交流目的の退屈なパーティから寮に帰ってきたのは、日付変更線をとっくに越えた頃だった。それまで半日近く放置してしまっていた最新型の携帯端末が、着信があったことを知らせるように点滅している。
帰ってきてすぐにベッドに倒れこんでいたペニーは面倒だと思いつつ重い腕を伸ばした。眩しい画面に目を細める。
再生のボタンを押して、耳に当てた。
雑音の中に久しぶりに十秒足らずの相変わらず一方的な声を聞く。
それだけでペニーは意味も無く微笑んだ。

『明日、中国に発つ』


真新しいハイウェイを走る車の中で、ビリーは窓の外を眺めながら大きく欠伸をした。起きたときにあった寝癖は綺麗に整えられている。
「お行儀が悪いわ、ビリー」
向かいの席に座ったロッタに窘められて、ビリーは顔を顰めた。
「ロッタ、昨日僕は」
「まあビリー、見て」
先ほどまでビリーが眺めていた窓の外をロッタは指差した。
反論するタイミングを失ったビリーは、ずり落ちた眼鏡を指で押し戻す。運転席でエミリーの肩が少し小刻みに揺れたのに気付いて、ビリーは不満そうに唇を尖らせた。
ハイウェイの脇は、バグアの攻撃を受けたビルが新しく建て直されていた。この辺りまで既に復旧は終わりかけている。
ロッタが見つめたのはその先の、湾岸のほうだった。
今はもうその役目を終えた迷宮機関『メトロポリタンX』が静かに水面に浮かんでいる。ビリーも、その隣に座っていたペニーも静かにそれを見つめた。
あの日からそう長くは無い時間が経った。戦いの後しばらく経って平和を宣言する式典が執り行われ、メトロポリタンの街は事件以前の平穏を取り戻していた。
最近ようやく、メトロポリタンXが記念館として公開されたことをラジオのニュースで聞いていた。
居住区だった地域は犠牲者の慰霊碑が建てられている。
そのことを思い出して、ビリーは目を細めた。海辺から視線を上に動かせば、水色に霞みそうな白い月が見えた。
「…寄って行くか?」
静かになった車内の空気を断ち切るように言ったのはペニーだった。
そうだな、とビリーが返す。
エメリーは黙ってハンドルを切った。


休日だというのに、メトロポリタンXには誰もいなかった。それとも誰も来たくないのだろうか、と空を見上げながらビリーは考えた。
まだ誰も、あの事件の傷から癒えていないのだろうか。
誰もいない居住区のビルに反射した太陽が眩しくて、手を翳す。
ペニーはワシントンと一緒に自分と離れたところで同じように空を見上げる。
あの時、此処から見る空はあんなにも絶望の色をしていた。本当に、世界が終わる瞬間かもしれなかった。
「ビリー、ペニーさん」
ロッタの呼ぶ声に振り返り、指差した方に向かう。
居住区の中央にあった公園。
いくつもの灰色の石碑にびっしりと刻まれている名前。それは今回の事件だけではなく、イナズマ号の事件以前に行方不明になった人達の分も含まれていた。此処に来る前に寄って買った花をロッタが祭壇に置く。
別に買った小さな花束をペニーは奥の、小さな碑の前に置いた。静かにそれを見つめている。
事件の後に改めて保管してあった遺体と対面したのだと聞いた。
何度見つめてもそれが変わることはなかった。息を吹き返すわけもなかった。彼と同じように生きていることを信じていた人々が世界中で一斉に喪に臥し、そのとき初めて、どれだけ多くの人を失ったのかと気付いた。
ビリーはまた一段と小さな碑の前に立った。この碑に刻まれた名前は二つしかない。
すぐ後に、ペニーの気配があった。
ビリーが置いた小さな二つの花が風に揺れる。
「彼女は、ここにはいない」
「分かってるさ」
実際、彼女と一緒にいたのは数日間だけだった。
十五年間生きてきた中の、ほんの数日だった。
けれども一番長く感じた日々でもあった。
彼女が救ってくれたのだ。この星も、自分たちの未来も。
少しだけ視界が潤んだ。
ビリーは慌てて眼鏡を外すと、腕で強く目を擦った。
小さな墓碑に結ばれた、擦り切れた赤い布が少し強く吹いた風に揺れた。
彼もまた、ここに眠ってはいない。
置かれていた小さなワイングラスが光を反射して二人は目を細めた。


窓の外を流れていく景色を追っていた目を閉じる。
再び正面に座ったロッタが哀しげに目を伏せていた。けれども何かを言えるわけが無かった。
ペニーはずっと、傍にいるワシントンを撫でながら自分とは反対の窓の外を見つめたままだ。
メトロポリタンXの姿がビルの向こうに消え、空港に近付いたことを示すように頭上を新型のG反応炉を搭載した旅客機が飛んで行った。
「時間はまだ余裕あるわね」
空港の正面玄関に車を止めて、エメリーが後部座席を振り返る。
それまでボンヤリとしていたビリーは慌てて眼鏡を押し上げると扉を開けた。
「ありがとうエメリー。それと、ロッタも」
「気にしないで、ビリー。行ってらっしゃい」
ロッタは座ったままビリーに微笑んだ。
それに笑顔を返す。それからビリーはふと、顔を背けたままのペニーを見た。
「相変わらず落ち込むと戻すのが大変なんだからな」
「なんだと」
ビリーの小馬鹿にした口調にペニーが睨み返す。ワシントンは首を上げて二人を見たが、すぐに座席の上に丸まった。
「そのままの意味さ。あれから何も成長していないな」
ペニーは急いで車から降りるとビリーの前に立った。彼の方が少しだけ身長が高い分、ビリーを見下ろす。
あれから、がいつのことなのかペニーにもよく分かっていた。だから余計に腹が立つ。お前はこの気持ちを知らないくせに。
「そういうお前こそ、人の気持ちを考えるなんて永遠に覚えないようだな」
「なんだと!」
ビリーが睨みつける。ロッタは車の中から慌てて二人を交互に見、エメリーは額に指を当ててため息を吐いた。
「こんな奴のためにこの僕がわざわざ現地に調査に行ってやるんだから有難く思えよ」
この僕が、をあえて強調する喋り方は変わっていない。
「よく言うよ、どうせ行ったって何も出来ないお坊ちゃんが!」
「二人とも…」
仲裁に入ろうとしたエメリーが止める前に、二人は互いの襟元を掴んでいた手を離した。
ビリーがフン、と鼻を鳴らす。襟元を整えると、指で眼鏡を押し上げた。
作品名:空の名前 作家名:ナギーニョ