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Take Me Out to the Ball Game

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了平は今日何度同じ動作をしたかわからない、と心の中で呟いた。普段は鞄の中に入れっぱなしで両親と連絡を取るくらいしか使わないちょっと旧種の携帯電話は角の塗装が取れかかっている。それを練習前にユニフォームの後ろポケットにねじ込んでおいたのは良いものの、開くたびに従弟宛に作りかけたメール画面が表示されて思わず指が止まる。去年の夏に会ったときに、予想外の約束をする羽目になったことが受験生だった了平にはまだあまり古い記憶に分類されていない。受験生だった、というのは昨日、上田高校からの合格通知が届いたからだ。他にもいくつか県内の強豪校を狙うつもりではあったけれど、結局推薦を受けることにしたのは佳主馬との約束のせいだ。
「野球に連れてって、か…」
晴れて受験から開放された了平は体が鈍らないようにと後輩の練習に今日から混ぜてもらった。進学先は了平を早速レギュラーとして迎え入れてくれるつもりらしいからサボっている場合ではない。だからといって連絡を取らない理由にはならないことも了平には分かっていた。何故うっかり学校が決まったら連絡するなどと言ってしまったのだろう、とグラウンドの隅っこで頭を抱える。ただでさえメールなんて母親くらいにしか送ったことはない。今の中学に入ってからも部の仲間やクラスメイトの連絡先は交換したものの結局事務連絡以外に活用されることは無かった。おそらく卒業式までも同じようにしか使われないだろう。だからどうやったら彼に自然に報告の連絡ができるのだろうかと昨日からずっと頭の隅で考えているのになかなか良い案は浮かばない。しかも昨日母親が嬉しさのあまり早速親戚中に連絡していたらからもしかしたらすでに彼の耳には届いているのかもしれない。
「陣内ー!」
何故昨日のうちにさっさと送ってしまわなかったのだろうと百面相をしているところで呼ばれて、了平はまた一度開いていた携帯に、一文字も打ち込めないまま再びポケットにねじ込んだ。すでに休憩を終えた部員がグラウンド整備を始めていて、了平は慌ててそれを手伝う。練習が終わったら、と思っているのに結局また同じことになりそうだ。そんな踏ん切りのつかない性格がマウンドに立ったときにも出てしまうと毎回言われるのになかなか直せないのは、遺伝のせいなのだろうかと思う。相変わらず打たれ弱いし、体力もそんなにない。けれども彼は少し期待を持った目で甲子園と言ったことを思い出した。
佳主馬がOZの中にあるOMCにはまっているのは親戚中にすでに知れ渡っていたことだった。本人はそのことに面倒そうだったけれども、逆にそれを理由に納戸に引きこもるようになってしまった。佳主馬の母親から遊んでやって、と頼まれたのは初めて佳主馬と会ったとき以来だと変なことを思い出す。野球が嫌いなわけではなくて単に興味がないだけだと知っている。それは了平がOMCに対するものと同じだ。そしてお互い手の届かないところにあるものを目指している。勝負だ、と彼は言った。
『甲子園に行ったら、応援に来てくれる?』
恐る恐る聞くと、彼は当然のように頷いた。けれどもすぐに何かに気付いて佳主馬は一度足元に移した目を再び了平に向けた。
『でも、了にいがちゃんと試合に出てなきゃ行かない』
強豪校に入れば甲子園に出ることは急に現実味を帯びた話になるだろう。けれどもその試合に出ることができるかどうかと言われると望みは薄かった。勉強が苦手なのとそれなりに大会で好成績を残したのもあっていくつかの推薦枠はあったけれど、両親を説得してまで無名に近い学校を選んだのは周囲から見ればきっと馬鹿なことだっただろう。けれども自分がマウンドにたっていなければ約束の意味がないんだ、と了平は整備用具をしまいながらふと自分の手を見た。約束、と握り合ったボールの感触は嫌というほど染み付いていた手に、一度だけ触れた彼の手の柔らかさが蘇る。
「陣内?」
思わず声を上げてしまった了平は仲間に呼ばれて慌ててなんでもない、と顔が赤いまま返した。もし甲子園で勝ったら、彼はキャッチボールくらいはするようになってくれるだろうか。
急に了平はポケットに入れていた携帯電話を取り出して画面を開くと急いで文字を打ち込んだ。隣にいた仲間がどうしたのかと聞いてきたが答えている余裕はない。短い操作音がかつてないほどにいくつも鳴って文章を作り上げると、了平は勢いそのままに送信ボタンを押した。それからまるで呼吸すら忘れていたかのように一気に空気を吸い込むと大口を開けて吐き出す。再び集合の号令がかかって、了平は携帯電話を近くのベンチに置くとグラウンドを走った。



次の試合開始のサイレンが鳴ってグラウンドに走り出す選手を眺めていたあたりで、佳主馬のアバターが新しいメールを持ってきた。
その送信者を確認して、少しだけ口元を緩めた佳主馬はメールを開かずにメールボックスを閉じる。手紙を開かれなかったアバターが少しだけ不思議そうに佳主馬を見上げた。

End.