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それは簡単な魔法

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折原臨也の場合






例えばそれは、視界をわざと狭める方法。
例えばそれは、他人と目を合わせない方法。
例えばそれは、他人に目を見られない方法。
その奥にある何かをみられないための、簡単な魔法。


「臨也って、なんでメガネかけてるの?」


真夏も少し過ぎて、屋上のベンチに居ることもそう苦でもなくなってきた9月の初め。いつもどおり並んで弁当を広げていた幼なじみが、思い出したようにそんなことを言った。
「は?」
あまりに唐突な話題転換に、思わず間抜けな声を上げた俺の目を、真っ直ぐ見据える帝人は、アスパラベーコン巻をひょいと口に入れながら、もう一度繰り返す。
「メガネ。伊達でしょ、それ」
こてんと首を傾げる仕草が、相変わらず、無駄に愛らしい。そんなんだから制服を着てなきゃ中学生扱いされるんだ、と、口にしたら確実に帝人が怒りそうなことを考えて、俺は口の中の卵焼きをゆっくりと咀嚼する。
家が隣同士な縁で生まれた時から一緒にいる帝人は、世間一般的に読めない男と評される俺の言動に対し、かなりの理解度を誇る。そんな帝人があえて口に出して問うのだから、帝人にさえ想像がつかないという意味なのだろう。俺は箸をくわえたまま帝人のまっすぐな目を見返した。太陽の光がキラキラと反射して眩しい。
「んー、気分?」
予防線を張るように嘘をつく。
「へーえ?」
全く信じられないという仕草で帝人が肩を竦める。当然といえば当然、俺は帝人に対して、嘘をつき通せたことがない。
「メガネかけると俺、ストイックでしょ?」
だが、あえてしらを切るつもりで銀フレームのメガネを押し上げてみせた。大体、激しく今更だ。高校に入ると同時に伊達メガネをかけ始めた俺を入学式で初めて見たとき、帝人はまじまじとこの顔を見上げてから、「わりと似合うね」と笑ったじゃないか。何を言われるかと内心どぎまぎしていた俺は、その言葉に喜んでいいのやら悲しんでいいのやら、複雑な思いを抱いたっけな。
「ストイック・・・っていうか、なんだろ、詐欺師みたい」
「詐欺師?」
「ペテン師っていうか」
「意味は同じでしょそれ、ってか帝人似合うって言ったじゃん!」
「似合うよ、うさん臭くて凄く似合う」
あっさりとひどいことを言って帝人は牛乳パックのストローを口にしながら、上目遣いで俺を見上げた。
身長差はそうないけれど、少し猫背気味の帝人はよく俺をこうやって見上げる。そんな仕草が驚くほど似合う男子高校生を、俺は帝人以外知らない。帝人じゃなかったら、こんな仕草されたってドキリともしないし、可愛いなんてゼッタイに思わないんだけどなあ、と悔し紛れにクリームコロッケを一口でほおばった。冷凍ものの小さいやつだから可能だけど、本来ならじっくり味わって食べたかったおかずだ。勿体無いのは帝人のせいだ。
「でもなんかさあ・・・」
言いよどむ帝人の葛藤がよくわからない。
俺は帝人がいつもそうするように、こてんと首をかしげてみせた。帝人みたいなちっちゃくて細い子がやればこそ可愛いけど、俺がやったって微妙だよなと自分でも思う。案の定、帝人がそれはどうなの、という目で俺をみている。人の言動にはこうやって反応するくせに、自分が同じことやってるのは無自覚なんだもんなあ、と俺は半分感心していた。俺だって帝人に、ちょっといくらなんでも男子高校生がそれはどうなの、という顔を向けてやりたい。
・・・まあ、かわいいなあと思ってしまう時点で、無理なわけだけど。
うーん、と言葉を探して考えこむ帝人の、幼いその横顔を見つめて、俺は小さく心の底で溜息をつく。
なんでメガネをかけるか、だなんて。
それを帝人に聞かれても、困る。正直に言えるわけがない。



俺が帝人に、世間一般的に言われる「恋」とかいう感情をもったのは、それこそ小学生の頃だった。



幼稚園、小学校、中学校、そして高校。
俺と帝人はそれこそずっと一緒だった。お互いの家を行き来して、帝人のものは俺のもの、俺のものは帝人のもの、みたいなボーダーレスな付き合いで。きっかけといえば、今でも忘れられないワンシーンが残る。小学校三年のときの春だ。
数日寒い日の続いたあとの晴天の午後、俺は帝人に恋をした。
それは本来どうってことない、とても普通の、本当にありふれたきっかけだった。俺にとってその瞬間まで帝人は、多分数少ない・・・ほとんど唯一と言っても過言ではない普通の友人であり、それ以外の感情など一切含まなかった。にもかかわらず。
遊びに行った帝人の家で、日当たりの良いリビングのソファに座った帝人が、酷く気が抜けたように臨也、と俺を呼んで、今日はあったかいねえ、とあくびをした。その、眠たそうな子供じみた仕草が気づけばとても可愛くて、そうだねえと答えた自分の声のあまりの優しさに、ああなんだ帝人なんだ、と俺は理解してしまった。
あくびで恋を知るとは思わなかった。人生何があるかほんとにわかんない。
とにかく「帝人だ」と分かってしまってから俺は、数日間酷く狼狽して、徹底的に帝人を避けて、あまつさえ知恵熱を出すほど帝人に恋をしたという事実を考え込んだ。俺はそれまで、深く人生設計的について考えてなどいなかったけれど、それでも漠然と、美人で束縛しないタイプの嫁さんを普通にもらうだろうなと思っていたのだ。それを根底から覆されて本気で途方に暮れた。
まず帝人は男だから、嫁にもらうということができない。当然、子供も産めないので、普通の家庭というのはとりあえずあきらめなきゃならない。それはまあいい、そこまで固執していたわけでもないし。
そして次に、今現在の日本では、同性の恋愛は全く一般的ではない。むしろ、下手をすれば迫害を受ける立場にあるということ。こっちが重要だった。
俺は別に構わない。俺は、もう帝人を好きになってしまった時点でゲイだとかホモだとか罵られても仕方が無い。何しろ俺は帝人が好きで、キスしたいとか抱きしめたいとかちゃんと思っているので、事実は事実として受け止める。でも、帝人がそんなふうに迫害を受けるとなると話は別だ。俺が帝人を好きだということがバレたら、帝人まで一緒にゲイだとかホモだとか言われて後ろ指を指されることになり得る。それだけは避けなくてはならないのだ。
俺は考えた。
必死になって色々と考えた。
帝人を世間の目から守るにはどうすればいいのか、どうするのが一番最適なのか。
そうして小学生だった俺がだした結論は、要は俺の気持ちが知れなければいいんだ、ということだった。
当然告白なんかできるわけがない。壁に耳あり障子に目あり、どこでどんな風に告白したってちょっとしたことから世間にそれがバレることはあり得る。俺の気持ちがバレることもだめだ。もっとも帝人は鈍いから、俺が帝人を好きだなんてはっきりきっぱり口にしなくてはゼッタイに気づかないと思うけど、世間の目というのは案外侮れないものだ。特に女子は怖い。女という生き物は、カンとちょっとした視線、仕草なんていう些細なものから他人の恋心を次々暴く。
作品名:それは簡単な魔法 作家名:夏野