それは簡単な魔法
俺は知恵熱が引いた次の日から、帝人とさりげなく距離をとることにした。と言っても、接触を控える程度で、今まで通り遊んだし、話もしたし、互いの家を行ったり来たりした。そうしてしばらくはそのままで要られたけれど、成長するに従って難しくなってくる。中学の時なんか、クラスが別で本当に救われたと思う。
帝人がいれば、帝人の方にばっかり視線が行くことを、クラスの誰かに指摘された日なんか、死ぬかと思った。
ほんとに仲良しなのね、くらいで済んでほっとしたけれどこのままじゃいけないと思った俺が選んだ魔法が、メガネだ。
これは、視線を隠すためにある。
「なんていうかさ」
ようやく言いたい言葉が見つかったのか、帝人がもう一度俺に視線をあわせてくる。レンズ越しに俺を見透かす帝人の大きな瞳が、俺はいつでも苦手だった。
一度目を合わせたら見ずにはいられないけれど、見ているとだんだん、見透かされているような奇妙な気持ちになって、俺のこの青い春みたいな恋心も、全部全部帝人は知ってるんじゃないかという気になってくる。
だから俺は必要以上に身構えて、睨みつけるようにして、何と問い返した。
帝人は、せっかく俺が必死になって創りだした壁さえ、軽々と超えてくる。
視界をわざと狭めても、その狭い視界に器用に飛び込んでくるし。
他人と目を合わせないように努めても、時には力技で持って目をあわせて。
他人に目を見られないよう必死な俺など知らないとでも言うように俺の目の前に立ち。
その奥にある何かをみられないようにと必死な俺に向かって、ただ、笑う。
帝人が笑うと、俺の目はそれを見ずにはいられない。
帝人の笑顔は、磁石みたいに俺ばっかり引き寄せる。
「臨也の目、最近まともに見てないな会って思ってさ。なんで休日までしてるの」
弁当の蓋を閉めながら尋ねる帝人の声に、言葉以上の含みはない。
それが残念だと思う時期は、とっくに過ぎてしまったけれど。それでも心はどうして、痛むのだろうね。
「・・・見たくないものが、あるからかな」
半分正直に答えて、俺も弁当の蓋を閉めた。もうすぐ昼休みが終わるから、これ以上話を引っ張らないですむことが救いだ。けれども帝人は、俺の考えなどおみとおしだとでも言うように勢いをつけてベンチから立ち上がると、くるりと体を翻し、俺の真ん前に立つ。
上目遣いで見上げて着ていた瞳が、今度は上の方から俺を見下ろす。
「僕さ」
帝人はいつも、俺に嘘をつかない。
どうしても必要で嘘をつくときは、分かりやすく嘘をついて俺があえて騙されるのを期待してくる。
そうして俺はいつもその期待に答えてしまうわけだけれど、今回のは違う。
「僕、臨也の目、好きなんだよね」
知ってた?と帝人が言う。
知らないそんなの。
「な・・・、に、え?」
「だからさ、勿体無いと思うんだ」
帝人の白い指先が、ひょいと俺の伊達メガネを外す、そうして真正面から向き合った帝人が、まっすぐに俺の目を覗き込む。
「見たくないものがあるなら、僕だけ見てればいいよ」
だからこれ、没収ね。
告げられた言葉、握られたレンズ。奪い去られた魔法の道具。破壊された防衛癖。
帝人は笑う。
どこまで知っているのか読めない笑顔で。
「さ、帰ろ!次生物だよー」
何もなかったかのように背を向けて、走り去るその背中に、俺はいつも眩しいほどの光を見る。
こんなにも目がくらむのに、今の俺には光を避ける道具が無い。
僕だけ見てろ、だって?
そんなのもうとっくなのに、これ以上どうしろって言うんだよ。
キミが好きだと、もういっそ告げてしまおうか。
だってほら、制限をなくした俺の世界で、やっぱり君のいるところだけがひときわ俺を惹きつける魔法の磁場だ。