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イブニング オブ メモリーズ

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 名門帝国学園のサッカー部はその強さからサッカーをやる者の間では有名だった。
 憧れ、と言っても過言ではない。だが、しかし私立であることと名門らしく偏差値の高さからその敷居は高いことでも知られていた。
 そんな名門に転校できたのは周囲の人のおかげだ、と不動明王は決して言わない。単に自身の実力だと不敵な笑みで言ってみせた一年生でありながら生意気な態度の明王を周囲は少なからず良くは思ってはいなかった。

 最新機材で整備されたグランド上でサッカー部が練習を行っている。その片隅で明王は一人でリフティングをしていた。
 最初ゴールキーパーである源田に声を掛けられたが、鼻で笑うと進んで一人で練習を始めてしまったのだ。それに顔を顰めた佐久間が「あいつの事なんか放っておけよ」と、源田をパス練習に誘った。眼帯に隠れている右目は明王を睨んだ。
 源田は明王を受け入れた部内で数少ない一人なのだが、如何せん明王自身がそれを受け入れようとはせず、部内での明王の位置は徐々に危ういものになっている。
「大体何であいつは転校してくる事になったんだよ」
 パスを受け止め、佐久間は嫌悪感を隠さない表情で源田に問う。
「確か総帥自らがスカウトしたって聞いたぞ」
「総帥が? あの人何考えてるんだ。あんな奴が居なくたって帝国サッカー部は今のままで十分強いだろ」
 少し強めに蹴ったボールは綺麗に源田の元に届く。
「必要だと思った、帝国学園を更に強くすることが出来る逸材だって事だろ」
 納得いかないらしい佐久間はブツブツと言葉を漏らしている。源田は幾度となく繰り返しているこのやりとりに飽き飽きとしていた。量のある髪の毛を無造作に掻き毟る。
 そんなやりとりを知らない明王はやはりグランドの片隅で一人、ボールを蹴っていた。

 帝国学園のサッカー部は他の運動部同様、年功序列に厳しい。しかし、それよりも厳しいのが実力だ。
 いくら年上といえども実力が劣れば簡単にレギュラーを落とされる。先輩といえどもレギュラーを落とされれば大きな顔など出来ない。総帥に見限られれば容赦なくサッカー部を追放される。
 実力至上主義。それが強豪帝国サッカー部を支えている一因だった。
 だからこそ、明王は此処にいた。

 部員も帰った後の暗いグランドの上、明王は一人立っていた。
「俺は強い。だから此処にいる。そうだ、俺は強くなけりゃいけないんだ」
 自分の『いる』意味を見いだす為に。
 手にしたサッカーボールを明王は強く握り締める。
 その姿を発見した一人の青年は嵌めているゴーグルの中で目を細める。
「……あいつは……」
 声を掛けようか迷う仕草を見せた青年は、しかし、名を呼ばれて渋々その場を後にした。


◆ ◆ ◆ ◆


 いつものように放課後の練習中。明王を除く部員達は沸き立った。
「鬼道さん!」
 頬を紅潮させて興奮した佐久間は一目散にグランドの入り口へ向かう。
 鬼道と呼ばれた青年はマントを纏い、ゴーグルを身につけた一風変わった出で立ちで部員達の歓迎を受けた。
 口角を上げて微笑む鬼道は静かな声で話している。
 明王は横目でそれを見るが、自分には関係ない、と再び一人で練習を始めた。
「なあ、源田。あそこに居る一人で練習してる奴の名前は?」
「ああ、あいつは最近転校してきた不動明王です」
「ふどう、あきお……」
 確かめるようにゆっくりとその名を口に出す。そして、部員達の輪から出ると明王に近づいた。
「……お疲れ」
 どこか遠慮がちに掛けられた声に明王は一瞬だけ視線を動かした。しかし、直ぐに背けるとそのまま鬼道の横を素通りし、グランドを去ってしまう。
「あいつ! 鬼道さんが声を掛けたのにあの態度はなんだっ」
「いきなり知らない奴が声を掛けて驚いたんだろう。そう怒るな」
「でも!」
 憤る佐久間を宥めながら鬼道は明王が去っていった出口を見つめた。

 鬼道有人。――帝国学園サッカー部のOBだと源田が言った。明王は「興味ない」と源田に背を向ける。
 しかし、源田はめげることなく言葉を続ける。
「あの人は凄いんだ。天才ゲームメーカーと呼ばれていて、あの人が在学中の帝国学園サッカー部は正に最強だった。今は帝国の高等部に通っている」
「お前、なんでそんなに詳しいんだ」
「俺や佐久間は帝国学園の初等部に通っていたからな。その時に鬼道さんの噂を聞いてよく試合を見に行ってたんだ」
 本当に凄かったんだぞ! と興奮気味に話す源田だったが、やはり明王の興味は向かなかった。

 自分には関係の無いことだ、と明王は鬼道の事を気にも掛けていなかったのだが、その日を境に鬼道はほぼ毎日サッカー部に顔を出すようになった。
 元々佐久間や源田らに元々頼まれていたらしく、鬼道は部員達に指導を施した。的確な指示、紅白戦でのゲーム回し、それは短期間で明王に天才ゲームメーカーという源田の言葉を思い知らすには十分だった。

 相も変わらず一人で練習を続ける明王に鬼道が声を掛けたのは一週間経った日のことだった。

「不動。他の部員達と一緒に練習をしたらどうなんだ」
「……」
 何も言わずリフティングを繰り返す。鬼道は一つ溜息を吐くと明王から離れていった。
――そうだ。さっさとどっかへ行け。年上ぶるな。構うんじゃない。
 空を舞ったボールを明王は大きく足を振りかぶり、力強く蹴った。ボールはゴールではなく壁に打ち付けられた。


◆ ◆ ◆ ◆


 サッカーボールを蹴り続けて何年が経つだろうか。明王がサッカーと出会ったのは小学一年生、六歳の頃だった。
 人見知りが激しかった明王は周囲に馴染めず、いつも一人で土手に座ってサッカーをする子供達を眺めていた。そんな明王に「一緒にサッカーをしない?」と、声を掛けてくれる子供も居た。しかし、明王は言葉を上手く発することが出来ず、痺れを切らした子供は再び仲間達の元へ戻って行ってしまった。
 明王はまた一人になってしまった。
 夕焼けに染まる土手でいつも明王は一人だった。
 だが、明王は毎日毎日土手に来た。楽しげに笑う子供達を羨ましげに見つめていた。

「サッカー、好きなのか?」

 パーカーを着て、明王が見たこともない変わった髪型をした少年がそう声を掛けてきた。
 恐らく上級生であろう少年に見下ろされ、明王は目を見開いて固まってしまう。ただでさえ人見知りなのだ。その上、見知らぬ上級生に声を掛けられれば身動きがとれなくなるのも無理はない。
「おい」
 身を屈め、少年は明王の顔を覗く。体を大きく反応させた明王は、顔を背けて、頷いた。
 怯えた様子の明王に少年は何かを悟ったのか、隣に腰を下ろすと明王の頭を撫でた。
「……じゃあ、俺が教えてやろうか?」
「え?」
「人に教えられるほど上手いわけじゃないが、それでも初心的なことは教えられる。お前がよければ、だがな」
 夕日と同じように赤い少年の目が明王を優しく見つめてくる。眩しく感じるのは照らされる夕日の所為か、それとも。
「い、いいの?」
「ああ。もちろんだ」
 明王は喜んだ。久しぶりに笑った気がした。
 大きな声で「よろしくおねがいします!」と言った明王に少年は「こちらこそ」と、手を差し出した。