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イブニング オブ メモリーズ

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 駆け引きか、気まぐれか――それとも鬼道は過去にあったあの出来事を誰かに知られたくないのか。
「前も言ったよな!? 同情や情けなら俺に関わるなって! もう、もうこれ以上面倒は、ごめんだ……っ」
 苦しげに髪の毛を掻き毟る明王の姿を見た鬼道は切迫した声を発する。
「明王、違う……違うんだっ」
 強い力でその腕を掴むと、鬼道は明王の顔を覗き込む。鼻を啜り、目に涙を溜めるその姿に鬼道は小さく「すまない」と、謝った。
「最初は確かに同情だったかもしれない。あの頃と随分様変わりしてしまったお前の姿に悲しくなったのも事実だ。だけどな、お前に拒絶されながらも、それでも懲りずにお前に関わったのは、お前自身が心配だったからだ。昔のお前じゃなく、今のお前が心配だったんだ」
 明王の手を自身の頬に添える。慈しむような行為に明王は鼓動を高鳴らせる。

「例えばお前と過去に知り合っていなかったとしても、俺はお前と関わりを持とうとしたと思う」

 静かな声で告げられた言葉。
 自分と全く同じことを考えていたという奇跡に堪えていた涙がこぼれ落ちる。

「くっそ。あんたと会ってから俺の涙腺おかしくなっちまったじゃねーかっ」
 手と同じく震える声で明王は言った。拭おうにも手は鬼道にしっかりと握られている所為で使えない。
「明王は、お前はどう思ってたんだ……」
 視界が涙で揺れる中、明王は鬼道の表情に息を呑んだ。
 まだ明王は何も言っていないのに、鬼道は既に泣きそうになっていたのだ。目には明王と同じく涙を溜め、そして、言葉は震えていた。
 拳に力を込めた明王は乱暴に掴まれていた手を解いた。瞬間、傷ついたような表情になった鬼道に心が痛んだが、構わずその体を引き寄せた。
「! あ、明王?」
 足りない身長の所為で抱き締める、というよりは抱きつく形に近い事が悔しかった。
 回した手が鬼道のマントを掴んで皺を作る。
「あんたが何を考えてるのかが分からなくてもやもやしてた。イライラしてた。それが俺の答えだ」
 抽象すぎる言葉に鬼道はどう捉えていいのか迷っているようだ。
「こんなにも一人の奴に執着するなんて俺らしくねえ。気色悪い。何回もそう思った。だけど、それこそが答えなんだよっ」
 半ば自棄になり、語尾が荒くなる。
 一旦体を離すと明王は背伸びをした。急激に近づいた顔に鬼道の目が見開かれる。そんな表情を最後に見て明王は目を閉じた。
 唇が合わさったのは一瞬出来事だった。しかし、確かに合わさったそれは温もりを明王に伝え、鬼道に驚きを与えた。あと、互いに歯をぶつけた痛みも。
 硬直してしまった鬼道に向かって明王は吠える。
 顔を真っ赤にさせて、子犬の如く吠えた。

「らしくねえけど、らしくなくなるほどあんたのことが好き、なんだよ! 悪いか!?」

 歯を剥き出している明王に鬼道は先程までの不安な表情を一変させて、声を出して笑い始めた。
 一方、明王は急に笑い出した鬼道に瞠目し、どういうつもりだ!? と、詰め寄った。
「わ、悪い……。あまりに可愛い告白だったもんだからな」
 涙を拭いながら言う鬼道に明王は誠意を感じられない。腹立たしさに明王は体ごと背けた。
 その背中から今度は鬼道が抱き締める。
「悪かった」
 耳元で聞こえる声はもう笑ってはいなかった。
「ビックリしたんだ。お前にそう言ってもらえるとは思わなかったからな」
「……俺を何だと思ってんだよ」
「捻くれてて、意固地で、素直になれない奴」
 スバリと言われ、今度は明王が笑う番だった。つられて鬼道もクスクスと笑う。
「なあ、明王」
 振り向こうとすれば「そのままで聞いてくれ」と、言われる。
「俺もお前のことを考えると柄にもなく粘着質になるらしい。どれだけ辛く当たられようと、どれだけ嫌われようと、それでも構わなかった。それは、そうだな。お前の言葉を借りると、こういうことなんだろう」
 深呼吸をした鬼道は抱き締める力を強める。

「お前のことが好きなんだ」

 感情の名を知る体験というは、明王にとって初めてだった。だが、この瞬間、明王は『喜び』という感情を身を持って体感した。
 全身が震える感覚。筋肉から神経に至るまで、まるで痺れたように五感を失う。確かに感じる背中の温もりだけを感じていた。
「明王?」
 応えがないのを不安に感じたのか、鬼道は顔を覗き込んできた。明王は泣いてはいなかった。笑ってもいなかった。
 真っ直ぐ地面を見つめながら明王は呟いた。

「……佐久間とかにまで言ってんじゃねーだろうな」

 本当に捻くれている。自分でも呆れるぐらいだが、鬼道が噴き出して笑ってくれたので良しとすることにした。


◆ ◆ ◆ ◆


 それから二人の関係が特に変わったということはなく、今まで通り二人っきりで一緒に帰る時にたまに公園に寄ってサッカーをしたり、アイスを買い食いしたりする。そんな程度だった。
 明王からしてみればそれは大層な進歩だと思っていたのだが、四歳年上の鬼道がどう思っているのか、それはまた別の話。

「そういえば、今日また佐久間と喧嘩したらしいな」
「……源田の奴か」
 少しずつではあるが、明王は徐々に部内で馴染み始めていた。大きな要因は鬼道だろうが、それだけじゃなく、源田のフォローと、そして今や喧嘩友達のように化した佐久間と以前のようにトゲトゲしい喧嘩ではなく、子供のようなやりとりに他の部員も警戒を解いてきたのだ。
「で、今日の原因はなんだ」
「別に大したことじゃねーよ」
「今は大した事じゃないくても、時間が経って大きな問題になったらどうする」
 早期解決するのが一番だ! と、胸を張られて、明王は溜息を吐いた。
「あいつから食って掛かってきたんだよ」
 観念したように告げた喧嘩の原因に鬼道は笑ってしまう。
 
「……自分だけが鬼道さんを笑顔に出来ると思うんじゃねーぞ! このモヒカン野郎! ってな」

 声を出して笑う鬼道と、それを面白くなさそうに見つめる明王。
 本当は鬼道にも思うところがあったのだが、明王をからかっている内にどうでも良くなっていた。
 だから、やはりそれも、また、別の話。


 完