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信頼

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普段からしかめっ面の多い坊ちゃんが満面の笑みを浮かべているということは、まあ、大体においてよくないことが起こる前触れである。
 「こっち来いよ、フランス」大の男が三人は座れるだろうソファの端に腰掛けたイギリスが、にっこりと笑って俺を手招く。ついでに、空いたもう片方の手はその丸っこい膝の辺りをぽんぽんと叩いて、どうやら膝枕をしてやると、そういうことらしい。……何だろう、普段だったらむしろこちらが彼を拝み倒しても実現するか危ういシチュエーションであるにも関わらず、何とも嫌な予感しかしない。
 ソファまであと数歩の場所で固まった俺に、イギリスは少しだけ首を傾げてみせる。「フランス?」そうして、注意して聞かないと分からないくらい微かに、甘えるような、縋るような、そんな声を出した。
 イギリスがそういった声を出すことは滅多にない。彼自身が甘えやそれに類するものを好まないからだ。……にもかかわらずこういった発声をするということは、多分ろくでもないことになる、と思ったが、俺は結局その声に従った。愚かだと笑われてもいい。正直なところ俺自身が一番自分を馬鹿だと思っていた。
 イギリスの正面に立つと、笑みを深くした彼がそっと手をさし伸ばしてくる。俺の腕に細い指を這わせるその手つきに、いやが上にもよからぬことを想像した。こんなに簡単に踊らされて、これだから駄目なんだな、とは思ったが今更どう出来る訳でもない。
 隣に腰掛ければそのまま横になるよう促される。「なあに、随分、積極的じゃない?」ふざけた口調で聞いてみるが、坊ちゃんは少し口元を緩めただけで、これと言って答えを返しはしなかった。
 女の子のようなやわらかさはない太腿に頭を乗せる。幾ら大きいとは言ってもやはりソファに寝転がるのは多少窮屈だった。足を折り曲げるようにして横になる。イギリスは俺の髪にそっと触れて、大丈夫か、と小さく聞いた。うん、と頷いてみせる。
 しばらく俺の髪をいじくっていたイギリスは、ふと手を止めたかと思うと、フランス、とやわらかな声で俺を呼んだ。その響きは何故だが酷く楽しそうで、笑いを堪えているような気配まであった。
 ちらり、目線をやれば、じっとこちらを見つめる緑と出会う。視線を合わせたまま、イギリスは俺の髪を掻き分けて、腿に触れていない方、右耳を探し当てた。そうしてゆっくりと耳朶を撫でる。その手つきは奇妙な程恭しい。
 見つめた瞳は澄んだ色をしていた。けれどどこか感情は隠されたままで、多くの情報を読み取れそうにはなかった。どうしたものかと思っていると、「俺、この前日本に出張行ったんだけどな」手は止めないまま、イギリスが唐突に呟く。そうして、いまひとつ感情は見せないままに滔々と言葉を続ける。

「日本がどうぞと勧めてくれたから、泊まらせて貰ったんだ。古くよく使い込まれた邸宅だった。何もかもうつくしかった」
「……」
「畳や襖のかんじも、食器類も、掛け軸やなんかの装飾も……で、見とれていたら、日本が、そんなに気に入って下さったのならって土産をくれた」

 そこまで言ってから、イギリスは今まで一体どこに潜ませていたものか、細く華奢な木の棒を取り出した。「耳かきだって聞いた」ものの名称を尋ねる前にイギリスが説明する。

「日本が懇意にしている店のものらしい。使い勝手がいいから同じ型のものをずっと使っているんだと」
「へえ」
「使い慣れたらとても便利ですよ、って日本が言うんだ。それに、」

 それに? と、不意に切られた言葉の続きに首を傾げた。ぱちり、一度瞬いたイギリスが、こちらに視線を合わせ、これでもかと美しく微笑む。そうして、

「夫婦や、恋人同士で、互いの耳かきをすれば、仲も深まるんだと」

 一語一語ゆっくりと、言い聞かせるように囁いた。
 「……は?」思わず出した声はごく自然に流される。イギリスは身を起こそうとした俺の肩を押し戻し、それとなく体重をかけてくる。
 起き上がれない、という確信に、背を嫌な汗が伝う。それでもイギリスはお構いなし、俺の顔を満面の笑みで覗き込みながら、楽しそうに続ける。

「相手を思いやって優しくやってやることと、相手を信頼して身を任せることが出来るかで、互いの愛着が分かる訳だな」
「……あの、坊ちゃん?」
「元々は親が幼い子にやるものだったらしいけど……やっぱり子供が自分でやるには危ないもんな、少しでも乱暴にしたら耳が傷付いちまう。その点親なら間違いはないし、何より子供も安心して身を任せられるし」
「ちょ、え、待っ……」
「確かに、こんな細く尖ったもので体の中を弄られるんだから、多少なりと相手への信用がないとなあ? ……まあ、もの凄い悪意でも持ってなきゃ、誰だって故意に手を滑らせることなんてないんだろうけど」

 何となくではあるが、この話の終着点が見えてきた俺は、本格的に逃げ出したくなっていた。恐怖やら後悔やらで顔が引き攣る。イギリスはそんな俺を見て、一層楽しげに唇の端を吊り上げた。
 「どうしたんだ? フランス」いっそ慈愛に満ちたと言っていい程、あまい声を出してイギリスが俺の額にキスを落とす。そうして、唇はそのままに、そっと囁いた。

「俺たちは恋人だ。だから、まさか大切な相手の体を傷付けたりだなんて、考えられないよな?」
「……そうね」
「それに、される方だって、まさか相手が自分を傷付けるだなんて思わないだろう?」

 なあ、フランス?
 視界の真ん中で、坊ちゃんの細い指が楽しげに耳かきを弄くりまわす。その動きは自然で、何も不思議なところはない。言っていることだって可愛い。声音も優しい。―――それでも何故か、やたらと怖い。
 じっとりと背筋を這い上る恐怖に、思わず唾を飲み込んだ。それに気付いたのか、至近距離で俺を見つめていたイギリスが、きょとんとした顔で首を傾げる。「どうしたんだ?」囁いて、心底不思議でならない、といった口調で話し出す。

「顔色がよくないな。何かあったのか?」
「や、あの……、ね」
「うん? ―――何だ、怖いのか? 別に痛くはしないのに」
「……」
「だって、そうだろ? 俺がお前に酷いことをする理由もないんだし……、ああ、それとも」

 イギリスの瞳が、細まる。深い緑が美しく蕩ける。赤い唇が弧を描き、歌うような声が出た。「それとも何か、お前が俺に酷くされるだけの理由があるのか?」
 俺は答えられない。頭の中に渦巻くのは少し前の出来事だ。その日は珍しくイギリスと互いの家以外で会う予定になっていた。俺の家からそう遠くないところにある気に入りのカフェで待ち合わせをした。そのとき、イギリスより先に着いていた俺は、近くのテーブルにいた女性に声をかけたのだ。
 深い意図はなかった。単なる興味。彼女も話に乗ってくれた。そう、そこで、世間話で終わればよかったのだ。俺は彼女に近付きすぎた。『……お邪魔だったかな』そう、イギリスがすぐ傍で呟いたときに、俺は目の前の真白い手に指を這わせていた。
作品名:信頼 作家名:はしま