軍服
隊長クラスのみが許される白い軍服。
再会したイザークは白を纏って、エターナルにいた。
昔と変わりなく、堂々と背中を真っ直ぐ正して正面から相手を射抜くような光を放つ蒼い瞳にアスランは目眩がする。
この男には、悩んだり立ち止まったり、疑問に思ったりしたことはないのだろうか?
彼は、昔から自信に溢れて、勝負を挑んできては敗れるくせにまた挑んでくる。
そんな、彼だからこそ真っ直ぐと前だけを向いて進んでいけるのかもしれない。
「アスランッ!」
昔と同じように、眉を上げ釣り目気味の瞳が怒りの色でわき目もふらずにこちらを見ている。
脇には、相変わらずディアッカが苦笑交じりの笑みでゆっくりイザークの後ろから近づいてきていて、その反対側には、見慣れない赤を纏った女性が、無表情ながらも微かに眉を寄せて近づいてくる。
体が、ぐらっと強く引っ張られたと思ったら、視界に銀髪と蒼が迫って、鼓膜が破れそうな大声で怒鳴られた。
「貴様、いったい何をしているんだっ!」
唇がわなわなと震えているのは、怒りのあまり上手く言葉にできないのだろうか?
「だいたい、貴様はいっつもそうだ!何の相談もなしに飛び出して――、こっちの身にもなれ!」
怒鳴っているのに、胸が温かくなる。キラやカガリ、その他といてもこんな想いはしないのに、イザークの顔を見たら体の力が抜けた。
「って……おい、アスランッ!」
ガクンと膝を折って座り込んだアスランにイザークは怒っていたことも忘れて自分も膝をつき座り込んでしまったアスランと目の高さをあわせるようにして、顔を近づける。
「どこか、怪我したのか?」
怪我はしていない。
脱走するときに負った傷は完治はしなかったけれど、それが原因じゃない。
「なんだか、安心して……」
ここには、キラもラクスもいるけれど、でも一人だった。
地球軍――元というべきか?あとはバルトフェルトの部下たちしかいない。
彼らは同士だけれども、友ではない。
キラも同士で仲間だけれど、心から同じではない。
きっと大切な場所が違うことが要因なんだと思う。
何だかんだでプラントはアスランにとって大事な場所で、母と父が眠り思い出の家があり自分を偽らなくてもいい仲間がいる。
ならば、ラクスは?
彼女はプラントに未練などないように見える。
キラと一緒にいられればそれで世界が全てになるのだろうか?
人の価値は人それぞれだ。
「イザークの怒鳴り声って久しぶりに聞いた……」
アスランは、泣きそうな顔で笑った。
「――、まったく、貴様はいつまでも……」
ぶつぶつを口の中で言いながらも座り込んだアスランを立たせるために手を差し伸べてくれる。
「本当、お前って……落ち着いてるように見えてたアカデミーの時代がなつかしいよ」
ディアッカがイザークの後ろで腕を腰にあて笑って見下ろしている。
「あん時は、要領のいい奴。と思っていたけど、実際は不器用なんだもんな」
呆れた笑みでも、お互い無事だったからこそ笑える。
「うるさいな」
口調と顔はアンバランスで、笑い合えるのは戦火を生きいて会えた喜びが滲み出るからなのかもしれない。
「初めから、俺を頼ればよかったんだ!そしたら、もっと違った結果が得られたはずだッ!」
過ぎたことをイザークが言うときは、彼なりに後悔をしているからだ。
「……だから、それはッ!」
「迷惑掛けるとか思っていたのか?」
ディアッカが変わりに答えるが、それをイザークは意地悪く笑った。
「おおかた、プライドの問題なんだろう?俺に負けたくなかったか?」
それも一理あったかもしれない。
プラントで出会った彼が帰ってこいと言ってくれた時は嬉しかったが、彼の助けを借りなければプラントに帰れないと思うと、庇護の対象になるのはイヤだった。
だから、彼ではない違う人の手を取ったのかもしれない。
「別に……お前と一緒に仕事するのはいやだな――、そう思っただけだ」
差し伸べられた手を取りながらもそんな悪態を付いてやる。
「なんだとーっ!」
ほら、こうやって感情を表に出して、繕うことをしない。
「しかし、さすがに疲れたかも……」
偽りで一緒にいることも、仲間だと思い込もうとしていることも、取り繕って笑顔でいることも、ここにはそんな日常しかない。また我慢をしなければならないと思った。居場所を与えられるだけ良しと思わないと……。
世界が救われた?
本当に?
「難しく考えすぎなんだ」
眉を寄せて顔を顰めるアスランの額をコツンと拳で軽く叩いたイザークは呆れた顔をしていた。
「で、今回はどうするんだ?」
アスランを立たせて、腕を組んで真っ直ぐ見てくる蒼い瞳にアスランは訊かれた意味がわからず首を傾げる。
「だから、プラントに帰ってくるのか?きたいのか?」
アスランは、遠くを眺めて俯いて、首を横に振る。
「帰れない……」
「違う!俺が訊いているのは、貴様の意思だ!――帰りたくないのか?」
バッと顔を上げて、蒼い瞳を見つめていると答えはすんなり口をついた。
「帰りたい……でも――」
パトリックの名前はまだプラントで禁忌――いや、プラントだけではない。
地球上だってパトリックの名前は禁忌に等しい。
また、名前を偽って生きて行かなければならないと思うと、何のために戦っているのか本当にわからない。
自分だけが犠牲になれば、と思えるほどの偽善者でもない。
でも、今回の戦火だって、以前の戦火も全て父が、父の影響力が原因ではないと言い切れない。
ならば、息子である自分の立場は……、この戦争で多くの人が悲しみを背負った。
「貴様が帰れないなんて……おかしいだろう?」
アスランは唇を噛み締めて何かに耐えているようだった。
「ラクス嬢だって、キラも……あの二人がプラントに上がるのに貴様だけ来れないなんて馬鹿げている」
しかし、それが現実なのだ。
「俺が、パトリックの息子である限り火種は消えないのかもしれない」
父を憎んだことはない。彼は彼なりにプラントを愛していたから、あのような結果を生んだのだ。
父と違うやり方で自分はプラントの平和を守りたい。
ただ、それだけだったのに、いつまでも父の影響が消えてくれない。
「俺がなんとかしてやると言ったらら、帰ってくるか?」
イザークはため息とも捕らえるような吐息にと共にアスランの頭をポンポンと叩く。
「できるわけがないッ!」
「初めから諦めている貴様にはできないが、俺ならできるッ!」
イザークは踏ん反り返って自信満々に答えた。
「そんな、そんなできもしない約束なんてするなっ!!」
「やるって言ったらやるっ!貴様は、ただおとなしく待っていればいいんだ、絶対プラントに帰してやるッ!」
怒鳴るアスランに怒鳴り返すイザークに、アスランは首を横に振って「無理だ」と何度も言う。
「自分ことはなんでそんなに諦めが良いんだ?俺はやるって言ったら絶対やるからなッ!」
俯いて小さな声で未だに否定の言葉を吐き続けるアスランをそっと抱きしめてイザークは体に回した腕に力を込めた。
「待ってろ、一年……いや、半年だ!半年後に必ずプラントへ帰してやるから!」