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トランバンの騎士

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 佳乃はエンドリューの首筋に顔を埋めているイオタの髪を軽く引っ張る。ツンツンと髪を引っ張られ、イオタは僅かに反応をみせるが、エンドリューの首筋に埋めた顔を上げる事はなかった。
「……イオタ?」
 佳乃の言葉に嘘偽りはないか?
 そう確認するため、エンドリューがイオタに声をかけると――不意にイオタは顔を上げ、佳乃に向かって舌を出したかと思うと、またすぐにエンドリューの首筋に顔を埋めた。
 一瞬の出来事に佳乃は瞬く。その間の抜けた表情とイオタの行動に、エンドリューは納得した。
 つまり、理由はどうあれ、イオタがミューに悪戯をしたのは確かなのだろう。
 ますます力の込められた細いイオタの腕に、エンドリューは苦笑を浮かべた。
 さて、どうしたものか。――そう眉をひそめる。
 自分が抱いている存在は、悪戯犯だ。ここは庇うよりも、叱る方が正しい。とはいえ、悪戯犯への罰は佳乃が考えて行う――すでに行った後かもしれない――のだろう。その場にいなかった自分に、イオタを罰することはできない。とはいえ、このままイオタを抱いて――擁護とも言うかもしれない――いては、累は自分にも及ぶ。
 さて、本当にどうしたものか――と考えていると、苦笑を浮かべた佳乃が話題を変えた。
「……そういえば、エンドリュー様は……今日はなぜ?」
「え? ええ、団長の使いで……」
 佳乃が変えた話題に乗って、エンドリューは後ろを振り返る。エンドリューにひかれた馬の背には袋が載せられていた。忙しいらしいイグラシオの代わりとして、エンドリューが孤児院に来る事は珍しくはない。
「……いつもありがとうございます」
 馬の背にある袋に、米か小麦か。はたまたまったく違う物かの区別はできなかったが、また食料を運んでくれたのだろう、と佳乃は小さく頭を下げる。それを受けて、エンドリューは僅かに視線を逸らした。
「ネノフはいるかな?」
 孤児院に物資を運びこむ事への報告と、老女であるネノフの様子見をかねてエンドリューは問う。特に大きく体調を崩したことがある訳ではないが、そろそろネノフも歳だ。無理はしていないか、体を悪くしていないか、と気にかける事は間違いではない。イグラシオも、それを気にかけていた。
「ええ、今は自室で繕い物をしているはずです」
 佳乃にネノフの居場所を聞くと、エンドリューはイオタを抱いたまま体の向きを帰る。背後に立ったままの馬を見つめると、佳乃に一応の確認をした。
「これは納屋に運べばいいかな?」
「あ、わたしが……」
 何もかもエンドリューに任せてしまう訳にはいかない、と佳乃が名乗り出ると、エンドリューはやんわりとそれを制する。
「女性にそんな事はさせられませんよ」
 女性を大切に扱うのは、騎士として当然の事であったが――佳乃はエンドリューの物言いに、眉をひそめた。
「……? 何か?」
 身長差があるため自分を下から見上げてくる佳乃に、エンドリューは眉をひそめた。
 心当たりはないが、なにやら凝視されている――と。
「……エンドリュー様って、この後お暇ですか?」
 まさか『親切なあなたが不気味で、何かあるのかと観察していました』等とは言うわけにもいかず、佳乃は場を誤魔化そうと話題を探す。
「暇という訳ではありませんが、用があるのなら聞きますよ。団長の代わりに来ているのですから」
 佳乃の表情に話題を変えられたと気が付いたが、エンドリューはそう答える。
 この言葉に、にやりと唇を緩めた――年頃の女性が浮かべる表情としてはどうなのだろうか、と思える表情だ――佳乃に、エンドリューは不覚にも半歩退いた。
「雨漏りの修理をお願いしたいです」
「……漏っているんですか?」
「先週の雨の時に、男の子の部屋が漏っているのを見つけたんですけど、小雨ならまだ大丈夫かもしれないけど、これからの季節は大雨があるって聞いたので」
 自分でやろうとしたら、シスターに止められました。
 そう言葉を続け、肩を落とした佳乃にエンドリューはホッと胸をなでおろす。
 佳乃の常にない表情から警戒心を掻きたてられはしたが、彼女の要求は身構える程のことではない。
「さすがに、アルプハに任せるのも心配だし……」
 あなたに任せるよりは安心です。
 そう出かかった言葉を飲み込み、エンドリューは苦笑する。
「……わかりました。ネノフに挨拶をしてから、納屋の道具をお借りします」
「ありがとうございます」
 苦笑を浮かべたままのエンドリューに、佳乃は微笑む。その意味が解らずにエンドリューが瞬くと、それに気が付いた佳乃が僅かに首を傾げた。
「エンドリュー様、少し優しくなりましたか?」
 出会ったばかりのエンドリューは、やや険のあるしゃべり方をしていたが。今のエンドリューは違う。子ども達やネノフに向けるのと同じ表情、声音でしゃべり、佳乃のささやかな要求に応えてもくれる。
 以前であれば、他人に頼る前に自分でなんとかしようと挑戦しろ、と突っぱねていたであろう要求であっても。
 首を傾げながらも内心を素直に吐露した佳乃に、エンドリューの苦笑は深まる。
 佳乃の言わんとしていることは理解できたし、その自覚もあった。
「あなたは、少し図々しくなりましたか?」
 エンドリューがそう答えると、佳乃はすぐに眉を寄せる。
「あ、ひっどーい」
 口を尖らせて拗ねた振りをしてはいるが、それほど気分を害していないことは解った。
 そして、それはたぶん『お互い様』だ。
「あはは。でも、いいと思いますよ。多少図々しくならないと、ここでは生きて行けません」
 声に出して笑ったエンドリューに、佳乃は瞬く。
 数回瞬きをしてから、拗ねたポーズを取っていたことも忘れて首を傾げた。
「……エンドリュー様が笑うの、初めて見たかも」
 嘲笑めいた笑いや、苦笑であれば何度となく見ていたが。
 今のように、陰りなく自分に対して笑うのを、佳乃は見た事がなかった。
「そうですか?」
「そうですよ。いっつも笑っていてもどっか嫌味があるって言うか? 目が笑ってないっていうか……」
 エンドリューに促され、うっかり言わなくても良い事まで口に出し、佳乃は慌てて口を押さえる。そんな事をしても、一度外に出してしまった言葉は戻っては来ないのだが。
「あ……」
 うっかり洩らしてしまった本音にばつが悪く、佳乃はエンドリューから目を逸らす。
 さて、なんと誤魔化したものか。
 忙しく思考を廻らせる佳乃の耳に、苦笑交じりの声が聞こえた。
「……僕が変わったのだとしたら、それはあなたが変わったからだと思いますよ」
「え……?」
 不意に聞こえた意外な言葉に、佳乃は視線をエンドリューに戻す。が、エンドリューはすでに背を向けて馬の背から袋を下ろす作業に戻っていた。
 どうやら、会話はこれで終了らしい。
 釈然としない会話の終わりに佳乃は首を傾げたが、エンドリューが言葉を続けることはなかった。



 視界の隅を横切った黒髪に、エンドリューは作業の手を止めて裏庭を見下ろす。
 雨漏りの修理に屋根の上にいるため、裏庭はもちろん首を廻らせれば村全体をも見渡すことができた。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ