二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

トランバンの騎士

INDEX|46ページ/89ページ|

次のページ前のページ
 

 指示を出され、各自の仕事に取り掛かるビータとズィータの横を通り抜けて、エプサイランは脱ぎ散らかされた服を拾い集める。イータとテータは自分達の使い終わった手ぬぐいをデルタに渡した。手ぬぐいを渡されたデルタは自分を拭くよりも先に、洗い終わられたばかりのイオタの体を拭き始める。
 手際よく作業を分散する子ども達を見つめ、佳乃は井戸端を振り返った。
「……で」
 ちょうどアルプハを洗い終わり、自身は手足を洗うだけに止めようとしている男を、佳乃は見上げる。
「脱ぎなさい」
「いや、私は……」
 孤児院を家としている子ども達とは違い、イグラシオは着替えを持ってはない。
 泥のついた服を洗濯する必要は確かに自分にもあるが、だからといって服を脱ぐわけにはいかなかった。――いかなかったが、そんなイグラシオの事情を知っているはずの佳乃には、それを笑顔で却下される。
「脱ぎなさい」
 表面上だけは綺麗に微笑んだ――もちろん、目は欠片も笑ってはいない――娘に、イグラシオは情けなくも迫力で負けた。
 これ以上の抵抗は無駄だと悟り、やや抵抗はあったが素直に服を脱ぐ。
 服を脱いで改めて見るとわかったが、背中にはかなりの数の茶色いシミが付いていた。気がつかないうちに、背中を狙われていたのだろう。
 しみじみと脱いだばかりの服を見つめているイグラシオの手から、佳乃は服を取り上げる。のんびりと戦果を確認している場合ではない。子ども達とは違い、イグラシオは服を着て帰る必要があるのだ。洗うのが遅くなれば、それだけ乾く時間も遅くなる。
「さすがにズボン無しで家の中を徘徊しろ、とは言えませんので……ズボンはシミのあるトコだけ洗って、濡れたまま穿いてくださいね」
 ということは、ズボンまで脱がせるつもりかとイグラシオは佳乃の言葉に眉をひそめる。が、仕方がない。自分サイズの着替えは孤児院には無いし、そもそも子ども達に混ざって泥遊びをし、後先を考えずにズボンまでも汚したのは自分自身だ、と諦めた。
 諦めるより他にない。
 ミューの泣き声は聞こえなくなったが、その安眠を妨げた事に対して佳乃が怒っていることはイグラシオにも理解できた。
「何をはしゃいでいたのかは知りませんが、限度は考えてくださいね」
「……すまない」
 小さく肩を落としたイグラシオに、佳乃は苦笑を浮かべる。
 確かに怒ってはいたが、大柄なイグラシオに萎縮されてしまうと、逆に申し訳なくもあった。
「それにしても……」
 これで会話は終わった、と服を脱がされたついでに自分の体も洗おうと井戸の水を汲み、それを頭からかぶるイグラシオの背中を観察して、佳乃は呟く。
「いい身体してますよね」
 いつもは鎧と衣服に隠されたイグラシオの裸体を見つめ、佳乃は素直な感想を洩らす。
 引き締まった腰と、しっかりと筋肉のついた太い腕、脂の乗っていない背中には無数の傷跡が残っていた。少年達同様、頭から水を被ったイグラシオの体を水が流れる。太い鎖骨をなぞり、厚い胸板へと伝う水を佳乃が見つめていると、『いい身体をしている』と称された男は渋面を浮かべた。
「……男の裸を年頃の娘がじろじろと見るのは、あまり感心できる行動ではないぞ」
「うふふ。ごめんなさい」
 イグラシオに窘められた佳乃はペロリと小さく舌を出す。
 確かに、あまり誉められた行動ではないだろう。
 鍛えられたイグラシオの身体は魅力的ではあったが、窘められた以上あまりいつまでも見つめている訳にはいかない。
 佳乃は視線を厚い胸板からイグラシオの顔へと移動させ――気がついた。
「あ」
「どうした?」
 身体から視線を上げた後、小さく声を出して瞬いた佳乃に、イグラシオは首を傾げる。その仕草に、銀色の髪から水が一滴落ちた。
「頬の当て布も、汚れてます……」
 4ヶ月近く前に受けた傷であったが、イグラシオの頬の当て布は未だに取れてはいない。普通であればとうの昔に完治しているはずなのだが、ヒルダの持っていた刃には毒か何かが塗られていたのだろうか。イグラシオの傷は未だに完治しておらず、おかげで佳乃のイグラシオに対する印象からはどうあっても当て布が外れてくれない。それなりに整った顔立ちをしているだけに、顔の約半分を占める当て布が惜しくもある。
 泥の付いた当て布をすぐに交換しよう、と佳乃がイグラシオの頬に手を伸ばすと、イグラシオは佳乃の手から逃れるように腰を引いた。
「?」
「いや、なんでもない」
 反射的に避けられた佳乃は瞬いて首を傾げる。
 そんな佳乃に、イグラシオは一瞬だけ頬を引きつらせた。
「……すぐに綺麗な布に変えましょう? 変なばい菌が入って、これ以上治るのが遅くなったら大変です」
 なにやら逃げ腰に見えるイグラシオに、佳乃は眉をひそめる。
「……傷のことなら、おまえが気にする必要はない」
「でも、いくらなんでも……遅すぎませんか?」
 擦り傷やかすり傷ならば2・3日で完治する。出血の多さから、日常の雑事で受けるかすり傷等と比較することは難しいだろうが、それにしても長すぎる気がした。
 イグラシオの頬の傷は、自分を助けた際に負ったものだ。
 これはもう、本当に毒でも塗られていたのか、傷口からばい菌が入り込み膿んでいるのかもしれない。
 当て布を交換しようと伸ばした手を避けられた佳乃は、なにやら様子のおかしいイグラシオの青い目をじっと見つめた。



「……傷なら、とうの昔に完治している」
 じっと下から自分を見上げてくる佳乃の視線に耐え切れず、イグラシオは当て布の下の秘密を暴露する。
「じゃあ、なんで当て布をしているんですか?」
 極当たり前な佳乃の疑問に、イグラシオはますます居心地が悪くなり、唇を真一文字に引き結ぶ。
 イグラシオが当て布をしているのは、孤児院に来る時だけだ。完治している頬にわざわざ当て布を付けるイグラシオにエンドリューは苦笑を浮かべていたが、それについて言及をしてくる事はなかった。常日頃からイグラシオの右腕として側にいることの多いエンドリューには、当て布をする理由など聞くまでもなく解るのだろう。
「……イグラシオさん?」
 『様』とつける事を忘れている佳乃に、イグラシオは背を向け――ようとしたのだが、回り込まれてしまった。
 剣呑な雰囲気を纏った佳乃に見つめられ、イグラシオは天を仰ぐ。
 そんな事をしても、一度食いついてきた佳乃は決して離れてはくれない。
 出会った当初は淑やかで内向的な女性だと思ったのだが、長くなってしまった孤児院での生活に、すっかり逞しくなってしまった。子ども達に対する支配力は、すでにネノフに継ぐ物があり、騎士団を預かるイグラシオであっても度々迫力で負ける。これに腕力が加われば、まさに最強だ。とはいえ、さすがに腕力でならば男性であるイグラシオには適わない。適わないはずなのだが――佳乃の細腕に腕を捕まえられると、イグラシオにはそれを振りほどくことはできなかった。
 小さな力ながらもしっかりと自分の腕を捕まえている佳乃に、イグラシオは抵抗を諦める。
 ばれてしまったら、仕方がない。
「……気にするなよ?」
 何をかは告げずに念を押すイグラシオに、佳乃はますます眉をひそめた。
「何を、ですか?」
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ