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トランバンの騎士

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 神が人間の願いを聞き届けてくれるのは、ただの気まぐれに過ぎない。優しい性質をもった女神アステアであったからこそ、佳乃に応えてくれただけだ。これが気性の荒い女神や破壊を司る男神であった場合、そもそも呼びかけに応えてくれる可能性は少なかっただろう。もっとも、佳乃が祈る女神といえば、『神々が去った後も人の求めに応え、レジェンドラ大陸に戻ってきた女神』だ。相当なお人好しであることは間違いない。請われれば、きっといつでも力を貸してくれるだろう。とはいえ、やはり過信してはいけない。相手は神であり、人間の常識とはかけ離れた存在なのだから。
 知覚することはできないが、女神の気配を追ってから、佳乃は視線を大声の方向へと向けた。
 視線の方向――というよりも、すぐ隣で――で、ザイの父親が少年の体をきつく抱きしめている。
「父ちゃん? あれ? 僕……なんで礼拝堂にいんの?」
 きょとんっと瞬いた後、ザイは父親の腕の隙間から周囲を窺い、見覚えのある天井にここが礼拝堂であることを悟った。
 それから改めて周囲の様子を見渡して首を傾げている少年の顔色は、良いとは言えないが、悪くもない。
「あれ? シスターに佳乃?」
 自分の周囲にいる大人達とネノフ、佳乃に気が付いてザイはますます首を傾げた。
「シスター?」
 父親の腕の中で窮屈そうに身じろぐ少年に、ネノフは近づく。そっと父親の束縛を解くと、ネノフはザイの腹部に巻かれた包帯を見下ろした。
 血の染みは、もう広がってはいない。
 ザイはネノフの視線を追い、自分の腹に巻かれた包帯――しかも夥しい血の染みがある――にぎょっと目を見開く。
「え? あれ? なんで……っ!?」
 そう瞬くザイの包帯に手をかけ、ネノフは佳乃と父親の見守る中で赤い包帯を解いた。
 するすると解かれた包帯の下に、ネノフが縫いとめた傷跡と糸は残っていない。
 文字通り跡形もなく消えたザイの傷に、ネノフと佳乃は瞬き、ザイの父親は目を逸らした。
「佳乃ママすごーい」
 遠巻きにザイの腹部を見て、その傷が消えたことを確認したビータが歓声を上げる。もっと近くで見てみようと身を乗り出し、佳乃の肩に抱きついた。くりくりと好奇心を隠さずにザイを覗いているビータを肩越しに見つめ、ゆっくりと『癒しの奇跡』の成功を実感した佳乃は苦笑を浮かべる。
 『存在を疑わなければ良い』というだけの条件でなら勝算はあった。
 が、可笑しな話になるが、まさか本当に成功するとも思ってはいなかった。
「……佳乃ママ」
 微妙な周りの雰囲気には気づかず、アルプハが小さく佳乃に声をかける。
 その声に僅かに安堵し、佳乃はアルプハに振り返った。
「なに?」
「俺の怪我も……」
 自分の怪我も治してくれ。そう自己主張したアルプハに、佳乃は一瞬だけ瞬いた後、微笑みながら――申し出も却下した。
 今回の一件は、もともとアルプハがザイを巻き込んで寄り道をしたことから始まっている。その反省と罰を込めての『却下』だ。
「だーめ。アルプハは腕白しすぎ。しばらくそれで反省していなさい」
「えーっ!」
 佳乃の答えに唇を尖らせるアルプハを見て、佳乃は微笑みを苦笑に変える。
「それに、やっぱり軽度なら自然治癒が一番いいと思うの」
 そう言った佳乃に、アルプハはしばらく唇を尖らせて拗ねてはいたが、以外にもあっさりと引いた。もう少しごねると思ってのだが。拗ねるどころか、どこか機嫌良くも見えるアルプハに、佳乃は首を傾げた。早速ザイの元へと駆け寄るアルプハは、お尻に尾があったのならば勢い良く振られていただろう。
 首を傾げながら喜び合う子どもを見つめる佳乃の横に移動し、デルタは口を開く。
「あんまり無茶しないでよ」
 くいっと袖を引き、小さく囁かれたデルタからの忠告の言葉に、佳乃は肩をすくめる。
 勝算はあったが、確かに無茶もした。興奮状態にある一度突き倒された成人男性の前に、自ら進み出るなどと。
 心配してくれたらしいデルタに礼を言おうと佳乃が視線を下げると、デルタはふいっと顔を背けてしまった。
 それから、本当に小さな声で一言呟く。
「あんたは僕たちの『ママ』なんだから、怪我でもされたら大変だ」
「え……?」
 自分の言葉に佳乃が戸惑っている事は判ったが、あえてそれ以上の追加はせず、デルタは佳乃の側を離れザイの側による。
 アルプハの機嫌が良いのは、ザイが助かったからだけではない。
 自分の口から『ママ』などという久しく使っていなかった単語が出たのと、同じだ。
 ザイの父親を一蹴する時、佳乃は言った。
 自分の事を『この子たちのママ』だと。
 当たり前のように感じ始めていた言葉ではあったが、佳乃の口から改めてそう宣言がなされ、それが嬉しくも――照れくさかった。



 村人を門まで送った後、孤児院の建物内へと戻ったネノフは、踏み台を持ち上げ、定位置へと戻している佳乃の後姿を見守る。
 不思議な娘だ――今日、改めてそう思った。
 イグラシオが連れてきた娘は、悪い娘ではない。付き合いはたった数ヶ月だが、どこにだって自信を持って嫁に出せる自慢の『娘』だ。
 そう思っている。
 そうは思っているのだが――イグラシオ同様、長く自分の手元に置いておける人間ではないだろう、とも思った。
 神話の時代が終わり、早数百年。
 今では神と対話できるほどの信仰心を持った僧侶は少なく、奇跡の力を借りられる人間となると、さらに少ない。
 癒しの奇跡を扱える者がいると知られれば、すぐにでも大きな聖堂や神殿のある町から迎えが来るだろう。そうなってしまえば、飢える心配はなくなるが、神の力の代行者として権威の象徴に祭り上げられてしまう。
 これまでのように、孤児達と暮らすことはできなくなるだろう。
 付かず離れず、一定の距離を保ちながらも佳乃の側で夕食の仕込みを手伝うビータとズィータを見つめ、ネノフはそっとため息をはいた。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ