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トランバンの騎士

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 佳乃の危惧を他所に、一人の男がそう呟いた。
 その言葉に、礼拝堂に集まった村人は一斉に口を閉ざす。
 しんっと静まり返った礼拝堂で、長椅子に座っていた男が起立した。村人の視線がその男に集まる中、佳乃は瞬く。
 『やらないか』はおそらく『殺らないか』だ。
 それが誰を指してのことなのかは置いておくとして、佳乃は物騒な発言をした男の顔に眉をひそめる。男の顔は、良く知っている。臨月間近の妻がいる、イパという男だ。妊婦を気遣い、イパの畑を手伝いに何度も子ども達を行かせたため、その礼を言いにきた彼と佳乃は何度か話をしたことがあった。とても穏やかで朗らかな青年という印象があったのだが――その青年から洩れた物騒な言葉に、佳乃は違和感を覚えた。
「少し前にシムンヒ村の若いもんが、トランバンに殴りこみをかけたって、アロ村の奴から聞いた」
 『少し前に』『トランバンに』となると……イグラシオが慌てて帰った日のことだろうか? と佳乃は目を細めてイパを見つめる。
 トランバンで異変が起こったとなれば、閃光騎士団の出番になるだろう。もちろん、殴りこみをかけた若者の加勢ではなく、それを鎮圧するのが仕事のはずだ。
「俺も、聞いた。ウエル村じゃ、傭兵を雇ってトランバンに行ったとか、なんとか」
 イパの発言に続き、後方の長椅子に座っていた男が起立する。それにつられるように、また別の男が一人起立した。
「……俺たちもやらねぇか?」
 3人の発言に、一つひとつの小さかったささめきが瞬く間に大きなざわめきに変わる。
 なんとも不穏な雰囲気に変わってきた集会に、佳乃は神像の前に村長と向かい合って座るネノフへと視線を向けた。
 ざわめく礼拝堂を見渡しているように見えたが、ネノフはどこか遠くを見つめている。おそらくは、イグラシオの事を思っているのだろう。ネノフにとってトランバンに『殴りこみ』をかけるということは、イグラシオに『殴りこみ』をかける事と同意語だ。
 佳乃は視線をネノフから村長へと移す。村人がどんな意見をだそうとも、決定を下すのは村長だ。ネノフには礼拝堂を預かる者として強い発言権があるが、やはり村長の決定には逆らえない。ネノフと同じようにざわめき始めた礼拝堂を見渡す村長は、これまたネノフと同じように複雑な表情をしていた。
 どうやら、村長も『殴りこみ』には賛同しかねるらしい。
「やろう! もう我慢ならねぇ!!」
「そうだ、そうだ!」
 イパに賛同し、次々に自分の意見を主張するように起立する男達に、集会に混ざった女たちは渋面を浮かべながら眉をひそめ、不安気に囁きあっている。
 彼女たちも、男達の意見には賛成しかねているらしい。が、いきり立つ男達の間にあり、自分の意見を口にすることを躊躇っていた。

 佳乃はそんな女たちを見つめ――



「……わたしは反対」
 興奮気味に叫ぶ男達の声の中に、佳乃の静かな声が響く。
 男達は一瞬、誰が反対意見を口にしたのか判らなかったようだが、寄りかかっていた壁から離れた佳乃の動きに視線を奪われて、気が付いた。
 自分達に反対をしているのが、『よそ者』の佳乃だ、と。
「よそ者は……」
「ここに居ていいって言われたから、わたしも一応ここの住民です」
 きっぱりと言い返す佳乃に、周囲の視線が集まる。『よそ者』と軽んじる男の視線と、興奮する男達に意見を噤む女達の視線が。
「住民と認められたからには、言いたいことは言わせてもらいます」
 壁を背に立ち、佳乃は礼拝堂に集まった村人を見渡す。30人を超える村人の視線を一身に受け、本心では逃げ出したかったが、佳乃は足に力を込めて踏みとどまった。ここで言いたい事を引っ込めてしまっては、イグラシオに恩を仇で返すことになる。
「あなた達は『蜂起』が失敗しても殺されるだけですむでしょうけど、女の人や子ども達は違います。要である働き手を失って、この先どう生きていくんですか? 今よりも苦しくなるだけです」
 『殴りこみ』などと砕けた言葉を使おうとも、その実態が『蜂起』であることに変わりはない。
 現代日本で例えるならば、隣人同士の小さな諍いは警察が仲裁にはいれば終わるかもしれない。が、蜂起となると……それは集団だ。集団で暴れる者を鎮圧するとなると、それは警察ではなく機動隊となる。鎮圧後、暴徒に下されるものは『厳重注意』では済まない筈だ。
「俺たちは失敗しない! かならず領主を……」
「気合だけで蜂起が成功するなら、他の村が蜂起した時点で領主は討たれているはずです。蜂起の後の結果を、誰か知っていますか?」
 ぽつぽつと立ち上がり、息巻いていた男達を佳乃は見渡す。
 どこどこの村が蜂起をしたらしい。そういう情報は仕入れていたらしいが、その結果を口にする者は誰一人としていない。
 それに気が付いたのか、口を閉ざした男が一人腰を落とす。佳乃の位置からはその男の横に座っていた女性が、ホッと胸を撫で下ろすのが見えた。
「だけどよ……」
 佳乃の言葉には言い返せないが、一度振り上げた拳はまだ下ろせない。ぽつりとなおも言い募ろうとする男に、佳乃は視線を向け、畳み掛ける。皆勢い良く蜂起することを夢見ているようであったが、その先についての発言は一つも聞こえていなかった。
「小さな村で暴動を起しても、まず成功しません。成功したとしても、領民の生活を考えられない領主が、領民の要求を飲むでしょうか?」
「やっちまえばいい」
 要求を聞き入れないのならば、殺せばいい。どうせ蜂起をするのならば、領主の座を奪い取るのも、追い落とすのも同じことだ、と未だ立ったままの男が言う。
 『やっちまえ』と短絡的に答えた男に、佳乃は視線を移した。
「領主を亡き者にした後、誰が領主を勤めるんですか?」
 すっと目を細める佳乃から目を逸らし、男は神像の前に座る村長へと視線を移した。
「それはやっぱり……」
「村長、か?」
 だんだんと弱くなってきた男達の声に名を挙げられ、村長は椅子に座ったままぶるりと体を震わせる。
 どうやら、村長は佳乃が何か言わなくても『わかっている』らしい。少なくとも、村人のように勝算もなくトランバンへ向い、領主の座を奪おう等とは思っていない事だけは確かだ。
「……村長に、そんな気はないみたいですよ?」
「だったら、村の誰かが……」
「領主って、税金を集めて贅沢三昧な暮らしをしてればいいって物じゃないって、知っていますか?」
 現在の領主は確かに贅沢三昧をして領民の生活を脅かしてはいるが、それでも一応の経済は成り立っている。それはつまり必要最小限の仕事はしているということだ。そうでなければイグラシオ達騎士団を手元に置くこともできない。
 雑事はともかく、決定権だけはあるのが権力者だ。
 ボルガノは領民としては最悪な領主ではあるが、やるべき仕事はやっている。トランバンが自治領として国家の介入を拒んでこられた事も、認めたくはないが自衛の才だけはあるのだろう。
 そしてそのボルガノを、農民が思いつきだけで討つのは不可能に近い。
「少なくとも、畑を耕すことしか能のない農民に、勤まるものではありません」
「なんだとっ!」
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ