二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

トランバンの騎士

INDEX|57ページ/89ページ|

次のページ前のページ
 

 少々蔑みを込めた佳乃の言葉に、最初の蜂起を提案したイパが声を荒げる。その視線をまっすぐに受け止めて、佳乃はイパを睨み返した。
「事実です」
 睨み合い始めた佳乃とイパに、ネノフは周囲の視線を自分に向けさせるようにわざと大きなため息をもらす。その少々深すぎるため息に、ネノフが意図したとおり、村人の視線が集まった。
「佳乃……あなたの言っていることは確かに正しいけれど、もう少し言葉を選んで……」
「言葉を選んだって、同じことです。無理無茶無謀の三拍子揃った馬鹿共には、これぐらい言わなきゃわかりません」
 つんっと言い返す佳乃に、ネノフは本心からため息をもらした。
 佳乃の言い方では、逆に火に油を注ぎかねない。
 ネノフは救いを求めるように視線を佳乃から村長に向けると、その視線を受けた村長はゆっくりと口を開いた。
「佳乃、おまえに聞きたい」
「はい?」
 これまで動向を見守っていた村長の静かな言葉に、佳乃は瞬く。
 ネノフとは違い、知人ではあるが親しみのない村長に、少々気後れもあった。
「おまえは、今の暮らしに満足しているのか?」
「孤児院の暮らしという意味なら満足しています。ですが、村人としてだったら……やっぱり領主には不満があります。食べ物を残して許されるような贅沢がしたいとはいいませんが、せめて子ども達には栄養のある物をお腹いっぱい食べさせてあげたい……そう思います」
 村長の言葉に、つられて静かに答えた佳乃に言葉に、また何人かの男が腰を降ろす。
 自分達とは反対の意見を出してはいたが、佳乃もやはり領主には不満があるのだと解った。
「おまえは蜂起には反対、ということでいいんじゃな?」
「はい。勝てない戦はしたくありません」
「勝てない戦だなんて……」
 最初から決め付けるな。そう口を開いたイパを、村長は手をわずかに上げただけで制する。今は佳乃の言おうとしていた言葉を正しく、また簡単に噛み砕く方が先だった。
「なぜ勝てないと思う?」
「私たちは農民です。鍬や鎌の扱いには慣れていても、剣には不慣れです」
「そして、領主には護衛隊がついている、と。剣を扱うことの、専門家がな」
 『護衛隊』という言葉に、佳乃は目を伏せた。
 言葉は違うが、閃光騎士団の事だと解った。つまりは、イグラシオの事だとも。
 村長の質問に答える形をとり、佳乃の言葉は幾分簡単に場に広がった。少なくとも、佳乃が息巻く男達と怒鳴りあっていた時よりは、他の村人にも理解されただろう。改めて礼拝堂を見渡せば、今では立っている男はイパ一人となっていた。なるほど、言葉を選べとはこの事か、と佳乃はこっそり反省する。
 落ち着いた男達と佳乃を見てとり、ネノフと村長はホッとため息をもらした。
「……して、佳乃。おまえならどうする?」
「はい?」
 落ち着いた男達に、話はこれで終わるのだと思っていた佳乃は、村長に話を振られて瞬く。
「勝てない戦をしたくないと言うおまえも、領主には不満を持っている。おまえなら、どうする?」
 反対意見を述べるだけなら誰にでもできる。
 つまり、反対意見を述べるのならば、それの代替案を提示せよ、との事らしい。
 村長の問いに、佳乃は今度は言葉を選んで慎重に答えた。
「今は我慢します。これからすぐに収穫期に入るから、男手を失うわけにはいかない。けど、その後はすぐに冬が来ます。蜂起を起すなら、収穫を奪われる前か、冬を越した後に……。ただ、この村の冬がどれほどかは知りませんが、冬を越した後は体力がないかもしれません」
 いかに収穫量が増えようとも、そのほとんどを領主に奪われてしまう。春や夏であれば山に入って山菜を採れば空腹は凌げるが、冬ともなればそうは行かない。もちろん冬場に取れる山菜もあるにはあるが、とてもではないが村人全員の生活を支えるほどの収穫は望めない。本気で飢えと寒さに死ぬ者もでるだろう。
 となると、冬場の蜂起はできない。できる限り体力を温存し、生き抜くことが先決だ。
「だとすると、春を待つことにも……」
「春は種まきの季節だ」
 蜂起のタイミングを探す佳乃に、イパが呟く。イパにも、最初のような勢いはなかった。
 どんなにタイミングを計っても、やはりどこかで踏ん切りをつけなければ問題を先延ばしにしているだけだと言うことは、佳乃にも解っている。
 佳乃はイパの意見に頷くと、言葉を続けた。
「他にも問題点はあります。領主の護衛隊が何人いるのかは知りませんが、あちらにはお金があります。お金で傭兵を雇うことだってできる相手に、小さな村の男達が何人集まろうとも、鎮圧されることは火を見るよりも明らかです。いくつかの村と連携をとって、戦力を集めることができて……ようやくわずかですが、成功率は上がります」
「僅かなのか? そんだけ集めても……」
「護衛隊は剣を扱う専門家。村人が何人束になっても適わないかもしれません」
「だったら、あの男に鍛えてもらったらどうだ?」
「あの男?」
 予期せぬイパの言葉に、佳乃は瞬く。と、イパは肩を竦めながら『あの男』について説明をした。
「ほら、時々孤児院に顔を出している騎士がいただろ」
 そういうイパに、今度は佳乃が首を傾げた。
 この男は、いったい何を言っているのだろう? と本気で眉をひそめる。
 イパの言っている『あの男』とはつまりイグラシオの事だ。イグラシオは閃光騎士団を預かる団長であり、イパが『殴りこみ』をかけようとしている領主の護衛隊でもある。
 それから気がついた。アルプハがイグラシオと閃光騎士団を別物と考えていたように、村人もイグラシオこそが領主の護衛隊であるとは知らないのだ、と。
 思い至った事実を確認するように佳乃は視線をネノフへと移した。
 その視線を受けて、ネノフは小さく首を振る。
 つまり、佳乃が考えた通りなのだろう。
 ネノフに視線を移した佳乃につられ、イパの視線もネノフへと移る。
「あの方は、当分この村へはお寄りになりません」
「なんでだ?」
 折角の名案をネノフにやんわりと否定され、イパは首を傾げた。
「……お忙しいんですよ」
 まさか忙しい理由が、今この場で行われている集会にあるなどとは口に出さず、ネノフは目を伏せる。
 ネノフの表情に、イグラシオの訪問がなくなった理由を佳乃は遅れて理解した。
 つまり、暴動騒ぎはこの村だけで起きているわけではない。他の場所でもトランバンを目指して蜂起する者があるため、その鎮圧に忙しくてイグラシオは孤児院へとこられないのだ。
 目を伏せたネノフから視線をイパに戻し、佳乃は僅かに話の方向を変える。
「たとえ蜂起自体が成功したとしても、さっきも言ったように新しい領主が信用にたる人物でなかった場合、なんの意味もありません」
 ネノフに集まった村人の視線を自分へと向けさせて、佳乃はまとめた。
「時期、戦力、後継者……この3つが揃わないかぎり、わたしは蜂起には反対です」
 佳乃の言葉の終わりに村長は椅子から立ち上がり、静まり返った礼拝堂を見渡す。
 異論のありそうな人間は、誰一人――否、イパはまだ立ったままだ。が、討論を続ける様子はなく、肩を落としていた――いない。佳乃の言葉に納得したのだろう。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ