トランバンの騎士
新手の素人ドッキリか何か。そう考えるのが妥当だとは思うが――イグラシオを見ていると、そうは思えない。銀色の髪は脱色か染めているとも思えるが、顔立ちはどう見ても日本人ではない。カラーコンタクトを入れれば瞳の色は変えられるが、それだってじっくりと見れば、誰にだって見破れるものだ。なによりも、素人どっきりだと仮定したところで、佳乃を騙して得をする人間はいない。
胃へと落ちるハーブティーに落ち着きを取り戻し、佳乃はイグラシオと老女を見比べる。
だいぶ落ち着けはしたが、逆に疑問符ばかりが浮かび上がり、すっきりしない。
「……ネノフ。すまないが、佳乃をしばらく預かってもらえないか?」
首を傾げたままではあるが、とりあえずの疑問はすべて口に出したらしい佳乃に、イグラシオは老女へと視線を移す。その視線を受け、老女は再び佳乃の頭を抱き寄せた。
「言われなくてもそのつもりですよ。可哀想に……、相当怖い思いをさせられたのね……」
優しく髪をすく老女の手の感触と、なにやら困惑気味なイグラシオの視線を受け、佳乃は瞬く。が、すぐに気がついた。
順を追って考えればまったく筋の通っていない佳乃の言動に、どうやら『頭の可哀想な人』と判断されたらしい。そんな気がする。
確かに、自分とイグラシオ達には決定的な考え方の違いがあるらしいことは解るが、だからといって、この誤解はあんまりだ。
佳乃はすぐに誤解を解こうと口を開きかけるが、ドアをノックする音に再び口を閉ざす。老女に抱きしめられているため、首を向けることもできなかったが、イグラシオが戸口へと移動し、ドアを開いた。
「……?」
戸口の人物と、イグラシオのひそひそとした会話が聞こえる。が、内容までは聞き取れない。
彼らは僅かに会話を交わすと、鎧姿の男が一人、室内へと入ってきた。今度の人物は少年ではない。年齢は、青年を通り過ぎた中年といったところか。おそらく先ほどの森の中で盗賊を追っていった騎士だろう。頬に傷があり、髪を短く刈りそろえた男だった。
室内に入ってきた男は佳乃とネノフに小さく会釈をすると、室内を横切り別棟へと続くドアへ向かう。そのまま部屋を出て行く後ろ姿を見送ると、テーブルの側まで戻ってきたイグラシオが口を開いた。
「今夜のところはエンドリューを置いていく。帰る村を思い出したら、彼に伝えるといい。送っていこう」
程なくして別棟へと続くドアが開き、二人の騎士と捕縛されたままの盗賊が姿を現す。どうやら、イグラシオが『ネノフの家』へ寄ったことは佳乃を預ける目的と、後から来た騎士と合流する目的があったらしい。
「私は捕縛した賊をトランバンへ連行する。明日、落ち着いたらもう一度話しを聞かせてくれ」
そう言いながら部屋を出るイグラシオと騎士を見送るため、佳乃は老女と共に玄関先まで移動した。
月明かりの下で馬の準備をする少年騎士の横に、ピクリとも動かない人影がもう一つある。盗賊を追いかけていった騎士は、盗賊に追いつき捕縛することに成功したらしい。近づいて顔を確認したいとは思わなかったが、恐らくは佳乃を襲った男だろう。そうでなければ数が合わない。
捕縛した盗賊を馬につなぎ、夜の闇の中へと消えていく2人の騎士を見送りながら、佳乃はそっとため息をはいた。