トランバンの騎士
異変――というよりも、騒ぎの『移動』だろうか。ややヒステリックに叫ぶ女性の声が風に混ざって佳乃の耳に届いた。思わず耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言が聞こえるが、声の主には心当たりがある。
「あ……」
しばらくハイランド軍の陣営で待ち、『騒ぎ』の元凶がウェインの前へと引きずり出されてくるのを待って、佳乃は予想通りの人物に瞬く。
捕縛された艶のある金髪を赤いバンダナで押さえた女性は、やはり遠目に見た通りヒルダだった。
「あんた……なんでこんなトコに……」
佳乃とばっちり目が合い、ヒルダの方も佳乃がハイランドの陣営にいることに驚いたのか、しきりに瞬く。
捕縛されて王の前へと引き出されたというのに、王ではなく戦場に侵入してきた珍客に気を取られた盗賊に、老神官は不快気に咳払いをする。
「控えよ!」
居丈高に響く老神官の声に、ヒルダは自分の立場を思いだした。すぐに眦を吊り上げ視線を佳乃から老神官へではなく、ウェインへと移す。
言葉を発したのは確かに老神官であったが、この場の『支配者』が誰であるかを見誤るヒルダではなかった。
「ふん。いったい、あたしをどうしようってんだい? 投獄かい? 処刑かい? 好きにするがいいさ!」
あたしは恐れやしないよ、と唾を吐いて毒づくヒルダに、佳乃は眉をひそめる。
何かおかしい。
ヒルダとウェインがどういった経緯で争うことになったのかは『覚えていない』が、『佳乃の知っているウェイン』は民思いで優しく情け深い。『ゲームをプレイしていて』その馬鹿正直加減に本当に大丈夫か? 等と心配になることもしばしばあった。そんなウェインが他人から疎まれることなど――トリスタン王ジュノーンと対面した時ぐらいであろうか。あれは確か両国の間に誤解があったはずだ。こちらも『詳しい経緯』は忘れたが。
「……あの、ヒルダさん?」
『誤解』とたどり着いた可能性に、佳乃は眉をひそめてヒルダを見る。が、ウェインを睨み続けているヒルダからは黙殺されてしまった。
「トランバンの犬め!」
そう言葉を吐き捨てるヒルダに、佳乃はこめかみを押える。
予想通り、ヒルダとウェインの間の諍いは、誤解から生じた物らしい。それもヒルダの一方的な思い込みが原因だ。
佳乃はそっと隣に立ったままのウェインを盗み見る。
幸いなことに、それほど気分を害した様子はない。
ただ、少し困惑気味に眉をひそめているところが、逆に気の毒でもあった。彼にしてみれば、ヒルダの言葉は身に覚えのない罵倒であろう。
さて、どう取り成したものか? と佳乃が眉をひそめると、老神官の深いため息が聞こえた。
「こちらにおわすお方はハイランドの王、ウェイン様じゃ」
ハイランド王国の王。
つまり、トランバンとは何の関係もない人物である。
老神官もヒルダの言葉から誤解があると気がついてくれたらしい。
呆れを多分に含んだ老神官のため息に佳乃はホッと胸を撫で下ろし、老神官の言葉の意味と目の前に立っている金髪青年が誰であるかを理解したヒルダは、急速に興奮を鎮めた。
「ハ、ハイランドの王様! すまない、悪かったよ。あたしの勘違いだ」
いったい何をどう勘違いすれば閃光騎士団とハイランド軍を間違えられるのかはわからなかったが、素直に誤解と認めたヒルダに老神官は微かに頷き、視線をヒルダから佳乃へと移す。
突如陣の中へと走りこんできた娘と、それを追って現れた騎士。その正体は、いまだ不明である。
「それで、……おぬしはこの女盗賊の仲間か?」
不意に話を振られ、佳乃は瞬く。
それから別段隠し立てをする必要もないので、老神官の質問に素直に答えた。
「いいえ。知り合いではありますけど。以前、ヒルダさんのお仲間が怪我をした時に……」
「そうだ! あんたがいるなら話は早い!」
佳乃の言葉を遮り、ヒルダが一歩足を踏み出す。すかさずウェインの護衛騎士が動き、ヒルダの体を捕らえた。が、ヒルダは両肩を押さえつける護衛騎士には屈せず、ウェインではなく佳乃へと言い募る。
「お願いだよ、佳乃。あんたの力で、ロックの奴を癒してやっておくれよ」
ロックという名前に、佳乃は孤児院を出てすぐにヒルダの仲間の怪我を癒し、その際に出会った青いバンダナの盗賊を思い出す。
交わした会話こそ少ないが、彼がヒルダの手綱役を担っていることは解った。そのロックが、ヒルダが捕縛され王の前に引きずり出されているというのに、この場にいないのは確かにおかしい。
姿の見えないロックに佳乃が眉をひそめると、ヒルダはそれに構わず続ける。
「そっちのノッポの騎士様にやられて、ヤバイんだ」
そっち、と表現された方向へ視線を動かし、黒髪の騎士の姿を見つける。
こちらの騒動が聞こえているのか、聞こえていないのかは解らなかったが、騎士は黙々と兵士達に指示を出していた。その指示に従い、盗賊は捕縛され、怪我人は救護用の天幕へと運ばれていく。背を向けられているため顔は判らなかったが、おそらくは彼が『ソマリオン』だろう。まっすぐに伸びた黒髪は長い。
「えーっと……」
ヒルダの要望は解った。
佳乃としても異論はないし、断る理由もない。
が、一つ問題がある。
ヒルダはハイランド軍と諍いを起して、負けた。ウェインが自由に発言を許しているためにヒルダは言いたい放題物が言えているが、本来『この場』の支配者はウェインだ。佳乃はヒルダの味方でも、ウェインの敵でもないとはいえ、ハイランド陣営に足を踏み入れている間はウェインの意向を無視することはできない。
ハイランド軍の陣営を勝手に徘徊し、敵であったはずの盗賊を癒しても良い物だろうか――?
佳乃は困惑し、ノルンへ視線を移す。
渋面を浮かべた老神官は、再びため息をはく。ヒルダの申し出を許可してくれるのだろうか? そう佳乃が首を傾げると、許可は佳乃の隣から下りた。
「誤解も解けたようだし、頭目もこの通り捕縛されている。彼らも、これ以上は暴れないだろう」
苦笑混じりのウェインの言葉に、佳乃は瞬く。
「それじゃあ……」
「ああ。盗賊達の治療をしても、構わないよ」
「ありがとうございます!」
色よいウェインの言葉に、佳乃は顔を輝かせて礼を言う。その笑顔につられたのか、ウェインも苦笑を微笑に変えた。
「ニーナ。彼女を怪我を負った捕虜たちのもとへ案内してやってくれ」
「はい」
名を呼ばれ、静々と進み出た白い外套の女性――彼女も『ゲーム』にいた『キャラクター』だ――に佳乃は一瞬またたく。土埃の舞う戦場にあっても美しく咲き誇るニーナの美貌に、佳乃の背後から――つまり、ヒックスの唇から――賞賛の口笛が聞こえた。
「……重傷者はこちらです」
花が綻ぶような微笑みを浮かべながら促すニーナに、佳乃はほんのりと頬を染めて従う。
ヒックスの賞賛も、無理はない。
『ゲーム』をしている時はあまり気にも留めなかったが、ニーナはかなりの美人だった。
「彼女は、僧侶なのかい?」