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トランバンの騎士

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 僅かに語尾の上がったウェインに、ヒックスは答える。
 閃光騎士団としてのイグラシオならば、佳乃に語らせるよりも自分が語った方が詳しい。
「どんな人物なんだい?」
「……勇気があって、義に厚い……騎士の中の騎士とは、ああいう男を言うんでしょうね」
 ボルガノの支配に我慢ができず、騎士団を辞してはしまったが。
 ヒックスにも多少ではあったが、イグラシオへの憧れはある。エンドリューのように解りやすい好意ではなかったが、イグラシオの元でなら騎士として仕えたいとすら思っていた。
「そんな男が、なぜボルガノのような領主に……?」
 ヒックスの評価は主観を大いに含むものであったとしても、騎士として申し分ない。その騎士の中の騎士と称された男が、なぜ市民に圧政を布き、子どもを飢えさせるような領主に仕えているのか、とウェインは首を傾げる。
 その疑問に答えたのは、佳乃だった。
「あの方は……、騎士道を重んじるあまりに人道を見失っています。それが間違っていると、ご自身でも薄々気がついているのか、長く悩んでおられました。ですが、やはり自分ではどうしようもないらしく……圧政に苦しむ市民ではなく、市民から搾り取った税金で贅沢に暮らす領主を守っています」
 誰かが……と言葉を区切り、佳乃は深呼吸をした。
 この先は、イグラシオ本人に佳乃が伝えたい言葉でもある。
「誰かが『それはおかしい』って、教えてあげないと……」
「お嬢ちゃんが言えばいい! お嬢ちゃんが言えば、団長だって……」
 耳を傾けるはずだ。
 頑固なイグラシオを動かせるはずだ、と口を開くヒックスに、佳乃は視線を移して苦笑する。
「イグラシオさんは、わたしには何も話してくれません」
 あの寒い雨の日。
 深夜にも関わらず孤児院を訪れたイグラシオは、とても疲れた表情をしていたが、佳乃を気遣うだけで自分のことは一言も話さなかった。
 佳乃はイグラシオに『関わること』を『許されてはいない』。
 それが少しだけ寂しく、悔しい。
 だがそれは、お互い様だ。佳乃とて、イグラシオに『関わること』を『許してはいない』。未だに自分の出自について、誤解が解けるまでじっくりと話せていないのも、そのためだ。『拒絶されるのが怖い』のではなく、イグラシオに対して『深入りする』こと、自分に対して『深入りされる』ことを恐れていた。
「ヒルダさんに聞くまで、わたし……イグラシオさんがトランバンで何をしているのかすら知らなかった」
 関わることを許されていない佳乃に、イグラシオに対してできることは少ない。
 そして、騎士として悩むイグラシオに向き合ってやれるのは、同じ騎士だけだとも解っている。
「わたし『だから』だめなんです。騎士としての悩みは、同じ騎士にしか本当の意味での理解ができません」
 佳乃の言う意味では『同じ騎士』であったにも関わらず、ヒックスは騎士を辞めることでイグラシオと向き合う機会を永遠に逸してしまった、と佳乃の言葉にヒックスは悟った。
 ヒックスに出来る『イグラシオのために出来ること』は傭兵団を率いて村々を歩き、領民による蜂起を煽ることではない。騎士団に残り、その場でイグラシオを向き合うことだった。
「……それで、団長が死ぬことになってもいいのか?」
 静かになったヒックスの声音に佳乃は逡巡するが、迷いを振り払うように小さく首を振る。
「大丈夫です。イグラシオさんは頑固で鈍くて融通が利かない人だけど、きっかけさえ与えられれば、自分でちゃんと気づいてくれます」
「僕にそのきっかけになれ、と?」
 ウェインの問いに、佳乃は振り返って緋色の瞳を見据え――頷く。
「……はい」
 ずっと心に蟠っていた物が、言葉として外に出してしまった途端にどこかへと飛んでいってしまった。
 そして、その『どこか』はきっと『ウェインの元』だ。
 ウェインの双肩へと押し付けてしまった『イグラシオの命運』に、不安はあるが悔いはない。許された時間全てを使って悩みに悩み、自分で『選んで』そう決めた。
 迷いを振り切った佳乃にまっすぐ見据えられ、ウェインは苦笑を浮かべる。
 それから、佳乃のような娘にここまでの信頼を寄せられるイグラシオという男に興味が湧いた。おそらくはウェインが何年何十年かけて民から『立派な王』と呼ばれる存在になったとしても、佳乃の信頼は全てイグラシオという男へと捧げられる物だろう。佳乃のイグラシオへの『信頼』には敵う気がしない。
「強いな」
「……恋する女の子ですから」
 苦笑を浮かべたウェインに、ニーナがそう囁く。
 それはその場だけの小さな囁きではあったが、しっかりと佳乃の耳にも届いた。
「こ、恋って……わたしは、別に……」
 イグラシオに恩を感じてはいるが、愛だの恋だのと口にした覚えはない。
 ニーナはいったい何を言い出すのか、と佳乃は眉を寄せ――ほんのりと頬を赤く染める。
「頑固で鈍くて融通が利かないってのは、お嬢ちゃんも一緒だな」
「だからっ! ……なんでそんな話になるんですか? わたしはただ……」
 背後で笑うヒックスの声に、佳乃は眦を吊り上げて凄んでみたが、効果はない。むしろ、頬を染めて拗ねる娘など、微笑ましい以外の何物でもなかった。
 なにやら先程までの深刻な相談はどこへやら。佳乃のイグラシオへの『恩』を『恋』に変換させて冷やかしモードに入ってしまったヒックスとニーナに、佳乃は戸惑って唇を尖らせる。第三者の立場であれば多少は好む話のネタではあったが、事実はどうあれ自分がそのネタにされるのは気恥ずかしかった。
 むっと眉を寄せてニーナとヒックスを睨む佳乃に、ウェインが口を開く。
「……佳乃」
「はい?」
 また何か弄られるんですか? と少し拗ねた視線で佳乃に振り返られ、ウェインは3人のやり取りに緩めていた頬を引き締める。
「……約束するよ。必ずボルガノを倒すと」
 ウェインはそう改めて宣言する。
 それを受けて、佳乃は一瞬だけまたたいた後、ホッと息をはいて微笑んだ。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ