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トランバンの騎士

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 一言でいうと『荒れている』だろうか。天気は悪くないはずなのだが、街の中に入ってみると薄暗い気がした。佳乃が暮らした村から見れば『街』であるはずなのに、華やかさは微塵も感じられない。灰色の路面にはゴミが散乱し、通りの角からイオタよりも幼く痩せた子どもがこちらを見ていた。その横にいる男は、父親だろう。子どもと同じように痩せている。商店街にも活気はなく、人通りも少ない。歩きながらチラリと見ただけだが、閉じている店の方が多く見えた。
 チクチクと感じる視線に、佳乃は背後を振り返る。
 佳乃と目が合った視線の主は、さっと窓の奥へと姿を隠した。
 どうやらハイランド軍を歓迎はしているが、姿を晒すことには抵抗を覚える者もいるにはいるらしい。おそらくは、そちらの反応の方が正しい。
「団長!」
 不意に聞こえた声に、前を歩いていたイグラシオが足を止めた。
 佳乃もそれに続いて足を止め、イグラシオの背中から顔を出して声の主を確認する。イグラシオ以上に長く聞いていなかった久しぶりの声――それも、過去に聞いたことがないほどに明るい物だ――だった。
 トランバン城門から飛び出してくるエンドリューを、イグラシオは立ち止まって迎える。
 イグラシオはハイランド軍に寝返った。本来は敵同士になるはずなのだが――剣を抜く様子をまったく見せないエンドリューに、イグラシオも腰の剣へと手を伸ばす事はなかった。もっとも、反射的に剣を抜いたとしても彼の剣は折れてしまっている。
「城内の様子はどうなっている?」
「はっ! すでに制圧を完了しております!」
 イグラシオの問いに対し、間をおかずにそう答えたエンドリューに佳乃は眉をひそめた。
 自分は背後に立っているため表情を知ることはできないが、おそらくはイグラシオも似たような顔をしているだろう。
 それほどまでに、エンドリューの言葉には違和感があった。
「……制圧?」
 微かに戸惑い、そう聞き返したイグラシオの声音に、佳乃は瞬く。
 イグラシオが驚くのも無理はない。
 気のせいでなければエンドリューは『制圧』といった。
 本来騎士が自分達の守るべき城に対して使う言葉ではない。
「自分の忠誠は、団長に誓ったもの。団長がボルガノに異を唱えるのなら、自分もそれに続きます」
 淀みなく宣言するエンドリューに、佳乃はようやく理解した。
 つまり、エンドリューも早々にボルガノを裏切ったのだ。イグラシオがハイランドへと下った事で。
 どこか清々しい顔をしたエンドリューを見つめ、佳乃は苦笑を浮かべ、イグラシオは眉をひそめた。自分が先に裏切っておきながらなんだが、だからと言って自分に続いて次々と領主を見限る者が出るとは。
 自分に続いた者達の気持ちはわかるが、複雑なのも否めない。そんなに簡単に見限られる人間に、これまで自分が仕えていたのかと。
「城内の兵士はみな団長に従う事を選びました」
 結局、玉座の間で剣を抜くことは抜いたが、エンドリューがそれを振るう機会には恵まれなかった。
 『吉報』を運んできた伝令兵に続き、扉を守る衛兵二人がボルガノに剣を向けた。その時点でボルガノの雇った傭兵とあわせて4対3になったのだが、エンドリューの宣言を聞いた騎士が玉座の間へと集まってきたため体勢はすぐに多対3となった。数の上で優にボルガノを凌駕し、エンドリューはその場を他の騎士に任せ、伝令兵を飛ばし領民による市街での戦闘行為をやめさせている。城壁付近ではすでに怪我人の救護が始められており、被害の算出作業も始まっていた。
 嬉々として報告を続けるエンドリューに、イグラシオは苦笑を浮かべる。
 まいった。エンドリューの手際の良さに、ほとんどやることが残っていない――肝心の一つを除いては。
 いかに手際の良いエンドリューであっても、『それ』だけは『自分の仕事』として残してあるだろう。
 苦笑いを浮かべるイグラシオに、ウェインが笑う。
 ほらみろ、おまえ以外の人間はとっくに騎士道なんかより人道を選んでいた、と。
 口にこそ出さないが、多分に意図が隠されていそうなウェインの笑みを受け、イグラシオとしてはばつが悪い。
 本当に、自分以外の者はみないつでもボルガノを見限るつもりでいたのだ。そして、自分が『騎士道第一』等と我を張ったために、それに付き合ってみな苦しんでいたのだ、と。
「それで、領主のボルガノは今どこに?」
 ひと目で高貴な身分にあると判るウェインに、エンドリューは『誰がイグラシオの主人』なのかを悟り、素直に答えた。
 イグラシオの主人は、つまりは自分の主人になる。
「はい。いまだ玉座に座っております」
「そうか」
 エンドリューの答えに、ウェインは背後を振り返った。
「ニーナは怪我人の手当てを。ソマリオンとリンクは――」
 城中の兵士に見限られた領主が未だに玉座に座っている。
 つまりは、軟禁状態に近いのだろう。
 倒すべきボルガノが逃げ出せないのならば、ウェインには他に優先すべきことはいくらでもある。



 後事に備えて指示を飛ばし始めたウェインを見つめ、佳乃は眉をひそめる。
 ニーナに怪我人の治癒に向かえと言ったのだから、自分もそちらに向かうべきだろうか? と。
 佳乃がこの場にいてできる事といえばそれぐらいなので、治癒に向かうのが良いのだろうが、なんとなくイグラシオから離れることが躊躇われた。折角孤児院を出てハイランドまで向い、ウェインを連れてトランバンまで戻ってきたのだから。最後まで、トランバンが開放されるさまを見つめていたい。
「……佳乃」
「はいっ!」
 どうしたものかと考えている最中に声をかけられ、佳乃はびくりと肩を震わせる。
 意外なほど大きな反応を見せた佳乃に、イグラシオは驚かせてしまったか、と小さく詫びた。それから、話しかけた用件を話そうとして――
「おまえは、ここに……」
 一度、言葉を飲み込む。
 『ここに残れ』と続けたかったのだが、イグラシオは佳乃の黒い瞳を見つめて考える。
 自分はこれから向かう先で、人を一人殺す。その様を佳乃のような娘に見せるのは忍びないとは思うのだが――
「いや、私と共に来い」
「え?」
 イグラシオの口から洩れた意外な言葉に、佳乃は瞬く。
 てっきり、いつものように何も言わない。何も聞かせない。何にも関わらせてはくれないだろうと思っていた。ウェインから佳乃への指示はないが、ニーナと共に治癒に回れと言われるとも。
 それが、違った。
 今日は『共に来い』とイグラシオは言う。『関わっても良い』と。
 内面の戸惑いが表に出ていたのだろう。
 瞬く佳乃に幾分気分を害されたイグラシオが、眉根を寄せながら言葉を続けた。
「私がこれまで何をして来たのか。これから何をするのかを、おまえに見て欲しい」
 主がどんな人物であっても忠誠を捧げ仕えるのが騎士の道と、領主の蛮行に目を閉じ、耳を塞いできた過去の自分。それを打ち砕くきっかけを運んできた佳乃に、その決意を見せたい。たとえそれが、佳乃の目を血で汚すことであっても。
 イグラシオの真っ直ぐな青い瞳に見つめられ、佳乃はこくりと頷く。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ