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みとなんこ@紺
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なつもよう

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すいません、助けてください!と。





 大きな鎧が小さな兄貴を荷物よろしく小脇に抱えて司令部に飛び込んできたのは、昼前くらいだったろうか。
 子供は意識も朦朧としているようでヘロンヘロンだったのだが、ここ最近、同じ症状をよく見ていた司令部の面々は慌てなかった。とりあえず、ぐったりした兄を前に動揺している弟を宥め、お偉いさんの号令一下、ちびっこを中庭まで運び、何をするのかな、と見ていた弟の目の前で噴水にぽいっと。
「兄さーん!?」
「…ッ!! ちょ、な、」
 がぼごぼと水の中で暴れる子供をちょっと引き上げてやって、それでも外には出さずにちゃんと座らせてやる。
「いきなり何すんだ!」
 兄の怒りはもっともだろう。いきなり首根っこ掴まれて半分意識のないまま噴水にダイブって、普通これ何のイジメ、だ。しかし実行犯は悪ぃ悪ぃと全然悪気なさそうに(むしろ楽しそうにしているように)見えるのは気のせいか。
「まぁ気持ちはわかるが、これが一番手っ取り早いんだ」
 なんて、実行犯に顎で命令を下したボスは輪をかけて反省の色もなく、むしろふんぞり返られている気がする。それでもさっきよりかは何となく身体が楽になったような気がして、エドワードは僅かに首を傾げた。
「君たちは東部に入るまでは何処に?」
「あ、しばらくペイザンスにいました」
「あそこは良い避暑地だな。まぁ、それなら仕方ないか・・・。ところで鋼の、気分はどうだね」
「サイアクに決まってんだろ」
「ちゃんと受け答えできるようなら大丈夫だろう。着替えたら司令室へ。まだ空調が生きてるからな」
「…あの、大佐、これって」
 何がいいのか自分から噴水から上がってこない兄を見下ろして、アルフォンスは僅かに首を傾げた。それには疲れたような大きなため息が返される。
「今こちらでも急に問題になってきていてね…」
「先週くらいまでは大雨に悩まされてたのに、今度は暑さが問題になってきててさ」
「…じゃ、これもしかして」
 一様にその場の面々が重々しく頷く。
「熱中症だ」

 ・・・ああ・・・。

 頭の上であっさりと告げられたソレに、同時に同じものを想像していたエドワードは、俯いた拍子にぼちゃん、と頭から再度噴水に沈めた。兄さん!?と兄の奇行に驚いた弟の声がくぐもって聞こえる。
 そうか、これがアレか。・・・幼馴染にしつこくしつこく気を付けろと言われていたアレだ。金属系の熱伝導率は生身の比ではなく、なので機械鎧の装着者はどうしても熱を篭らせやすいから、絶対気を付けるように、と。無意識なのか何なのか、目の前にスパナをちらつかせながら念を押されていたというのに。
 そのうえ、こんな醜態をよりにもよってここで晒してしまうとは。
「~~~~ッ」
 対してアルフォンスはと言えば、噴水の中でごぼごぼしながら転がっている兄を前に、微妙になすすべなく立ち竦んでいた。ちなみに無造作に兄を放り込んでいった軍人たちは既にこの場にいない。が、彼らはいなくとも、ここは軍司令部。他の面々の目はもちろんあるわけで。
「・・・ちょっと、兄さんそろそろいい加減に出ておいでよ・・・」
 というかまだ暴れる気ならいっそ見えないくらい沈んで、とまでは口に出さなかったけれど。

 とりあえず、急な、というか雑な応急処置で身体を冷やし、着替えた兄弟が司令室へと戻ってくれば、中尉が笑って水分補給に、とドリンクを渡してくれた。
「ごめんなさいね。大雑把な人ばかりで」
「・・・まぁ、びっくりはしたけど」
「結果オーライってことで」
「噴水に突っ込まれるとか全然オーライじゃねぇし」
「仕方ないだろう、シャワーでは追いつかなさそうだったし」
「後は水貯められる所といえば」
「洗濯漕くらい?」
「…入りますかね」
「えーあれデカいし余裕で入るだ」
「鋼の、そいつらは黙らせるからそこで手を合わせるのはやめなさい」
 ちょっと地雷に踏み込んでいたらしい。目を吊り上げながら低く唸る小さい猛獣を宥めるのは規格外仲間の上司にお任せして、外野は一斉にアルフォンスの陰にこそこそと避難してみた。何度もここへ通ううち、そういう軍人たちの行動には慣れたのか、特に突っ込むこともなく、アルフォンスは僅かに小首を傾げる。
「・・・こっちは大変だったんですね。僕たちのいた所だと何ともなかったんですけど」
「あの地域は高原地帯で安定した温暖な気候ですからね。風向きが例年とは少々違うのもありますが、こちらは地理上、どうしても暑くなって」
「砂漠近いもんなぁ」
「・・・ああ・・・」
「ところでアルフォンス君は大丈夫なの?」
「え、僕ですか? …僕は、あんまりきつい日差しの中にいるとちょっと…」
 ああ、とその場の全員が頷く。
「焼けるよな」
「鉄板だもんな」
「熱伝導の関係で、水とかかけるとそれなりに引くのも早いんですけど、軽く凶器ですよ」
 いや、軽くない。だいぶ軽くない、それは。



「・・・いつもはこんなんじゃねぇの?」
 なにやら疲れてしまったのか、矛先は一応納め、代わりに行儀悪く机に腰を下ろしたエドワードの問いに、ファルマンが頷く。
「過去の記録をみても、異常と言える程度の気温ですね」
「ちなみにここ連日はずっと100°F超えだ」        ※華氏
「ひゃ・・・ッ」
 それはダメだ。というか、無理だ。
「体温より余裕で高いじゃねぇか・・・!」
「珍しく長雨だったと思えば、次は干ばつでもくるのかというくらいの連日の高気温に快晴が続いてましてね。切り替えの出来なかった人々がまぁバタバタと」
「ついでに軍の中でも結構出ててさ」
「機械鎧の装着者も難儀してるってことで、ちょうどどうしてんだろうなーってお前らの噂してたんだよ」
「ううう・・・」
 気温を聞いたらよけいにげんなりしたのだろう、ますますと沈んでいくエドワードに、夜になると、今度は肌寒いくらいだから、と一人同情的なフュリーは力なく笑いかけた。
「まぁ、こんなのは昼間だけだから・・・」
「・・・書庫の鍵を出すから、本当に日が落ちるまでここにいたまえ。どうせ夕方までの時間潰しは必要だろう?」
「・・・なんで夕方まで?」
 まるで夕方以降に何かこちらに予定があるような言い方に、エドワードは上司を振り返って首を傾げた。怪訝な表情の子供と同じように首を傾げて、「知ってて戻ってきたんじゃないのか?」と問い返す。
「だから何が?」
「祭りがあるんだよ」
「祭り?」
 ・・・そういえば自分はぐったり、弟は慌てていて、街の様子などろくすっぽ見てはいなかったけれど。しかしそれが自分たちに何の関係があるのだろうか。
「毎年この時期にね。昔から東部で行われている豊穣を祈るお祭りなんだけど、その中の一角で骨董市・・・のようなものかしら。旧市街の一か所に柵を巡らせて、中で貴重な品物が取引されるの」
「いつからか評判が高くなったようで、ここ数年はこの暑い中、国中から古美術商や金と暇を持て余してるお歴々が集まるぞ」
「それってオークションとかで?」
「去年にちょっとしたトラブルがあってね。今年は許可を降ろさなかったからそれはない」

「・・・ちょっとした・・・」
「アレでちょっとした・・・」
作品名:なつもよう 作家名:みとなんこ@紺