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みとなんこ@紺
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なつもよう

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 さらりと何でもなかったように告げた上司に反して、何を思い出したのか、ハボックやブレダがげっそりした表情を見せている辺り、それなりの事件があったらしい。まぁその辺は置いておいて、わざわざそんな事をこの大人が言ってくるという事は。
「・・・もしかして古書関係も?」
 そう問えば、黒髪の男は目を細めて笑みを浮かべた。
「かの"本の街"から来た店もあるという話だよ」







 現金なことで、夕方まで休んだ事で回復したのか、それとも希少本を手に入れられるかもしれない、ということに気力が回復したのか。日が落ちると同時に兄弟は元気に司令部を飛び出していった。
 来るときは気が付かなかったが、確かに石畳のそこかしこに灯りが置かれていたり、花が飾られていたりといつもと少し雰囲気が違う。
「もう夕暮れなのにずいぶん明るいね」
「いつも街灯くらいしかないもんな」
 祭りのメインはもう昼間に終わっているらしい。けれど、今日は最後の花火が上がるまで、街はにぎわうそうだ。
 街の中を流れる運河に架かる橋のたもとや、交差する路地の傍には露店が並び、普段はもう家に篭っているような子供たちも、祭りの飾りを手に楽しげに走り回っている。
そんな街中を司令部で皆に寄ってたかって落書きされた地図を片手に、皆それぞれのおすすめのホットドックやら、ドーナツやら、フルーツやらを道々に平らげながら、その噂の旧市街の骨董市とやらにたどり着いた。
 中には貴重な品物もある。興味のない者をなるべく減らすために、柵で囲われた一角でだけ市は行われていた。それでも外から覗いただけでも、結構な人ごみだ。入り口で少しばかりの料金を払い、さてここからが腕の見せ所。
「お前右回り、オレ左回り」
「関係ないもの買っちゃだめだよ」
「そりゃそ、」
「身長伸ばすためにはとか書かれてても買わないこと」
 微妙に前科に心当たりがあって黙り込んだ兄に、ね!と力強く念を押すとアルフォンスはじゃあ後でね、とあっさりと手を振った。
「・・・・・・関係なく、ないっつーの」
 なんだか後ろから力ない兄の呟きが聞こえてきたような気がするが、気のせいということで。







「やー、結構収穫あったな!」
 花火を目当てに広場へ向かう流れとは逆に、戦利品にご満悦な兄弟2人は本日の宿替わり、司令部へと向かっていた。祭りに合わせて普段使っている宿が埋まってしまっていたので。
 どのみちこれだけの量を持って旅が出来るわけではないので、しばらく東部に居座ることになるだろう。どうせ祭りが終われば宿も空くだろうし、それまでは司令部で仮眠室でも借りればいいし。
「面白そうな本一杯あったよね。読むの楽しみだねぇ」
 来た道を辿って戻る最中、行きには気付かなかったものにふと目がいった。
「・・・なんだろ、川に何か浮いてるな」
「ランプ・・・じゃないね、ろうそくの灯りかな」
「なんで川に流してんだ?」
「お祭りの一環かな? ほら、願いを書いて川に流すのとか、見たことあるじゃない」
 運河にゆらゆらと灯りが揺れている。
 暗がりで目を凝らせば、皿のような何かの上にろうそくや花を乗せ、それを風よけなのか紙で覆っている。その紙には色とりどりの模様が描いてあるのか、ろうそくの光に照らされて仄かな光をはなっていて。いくつもの灯りが運河をゆっくりと流れていくそれは、幻想的といってもいい光景だったけれど。
 なんだろう。
「・・・・・・なんか、きれいだけど、ちょっと寂しいね」
「・・・そうだな」


 流れ続ける人の波の中、何となく足を止めた。
 水面をゆらゆらと揺れるほの淡い光。
 ふ、と。
 その喧噪の中で何か小さな音が聞こえた気がして、アルフォンスは顔を上げた。
「・・・あれ?」
「ん?」
「あそこにいるの、大佐じゃない?」
 2人がいるところより少しばかり下流に掛かる橋の上、佇むその背には確かに見覚えがあった。
「何してんの、こんなとこで。サボリ?」
 いきなりかけられた声に驚くこともなく、振り向いた彼はいつもと同じように「君ね、」と僅かな呆れをのせただけだった。
「祭りの見回りに来ただけだよ。収穫は・・・あったようだね」
「ええ、おかげさまで」
「だいぶ値切り勝った」
「高給取りのわりにしっかりしてるな、君は」
「誰かさんと違ってあぶく銭は持ってませーん」
「もう、兄さんってば」
 宥めるアルフォンスを上げて制し、黒髪の上司は子供たちの手荷物をそれぞれ見下ろして。
「それだけかい?」
「え?」
「それだけって?」
「せっかく珍しい品物が集まってきてるんだから、土産の一つでも買ってきたら良かったのに」
 誰に、とは言わなかったが、何を指して言われているのかはよくわかった。なので、ぎゅ、とエドワードの眉が寄る。からかうでもなく、何の含みもない言葉だったので、突っぱねる事も出来なかったのだ。もちろん、そんなものは不要だとも、邪魔だとも。
 瞬間、押し黙った彼の表情を見下ろして、敏い男は2人を交互に見やり、一つ吐息をついた。
「土産の一つもないとは気の利かない、と怒られるぞ。女性陣にはそういう所の気遣いを忘れてはいけない」
「余計なおせ、」
 わ、と続けるより早く、すい、と差し出されたものが奏でた小さな音に、口から出るはずだった言葉を飲み込んだ。

 ちりん。

「・・・・・・これ、なに?」
「わ、かわいい」
 目の前でゆれる、底のない丸いガラスに何か、紙のついた紐が下がっている。風で紙が揺れると、真ん中に吊るされた小さな金属にはじかれて、涼やかな音がなる。
「風鈴と言われているものだそうだ」
「ふうりん?」
「東のものらしいよ。祭りに来ていた知人にもらったんだが、君たちにあげよう」
「え、」
「珍しいものだが、ほら、模様がね。・・・かわいすぎるだろう?」
「・・・いいんですか?」
「きっと喜んでもらえると思うよ」
 ちりちりちり、と肯定するように音がなる。高い、それでもけして不快にはならない澄んだ音は、その音だけでも少しばかり涼しさを呼ぶようで。
「・・・だよな。大佐んちにこんなのぶら下がってたら笑うぜ、オレ」
「ちょ、もう兄さん!」
「だから貰っとく。・・・サンキュ」
 最後の礼だけは小声になったが、僅かに目を見張った表情から、ちゃんと届いたらしいことは判った。何だからしくないことを言ってしまった気がして、行くぞ!と殊更明るく弟を呼んで、彼に背を向ける。


「――――風鈴はね、家に祀る邪を払うまじないの道具だと聞いた」


 だから、小さく後ろから聞こえてきた声には、あえて気付かないふりをした。
 誰にも届かないでいい、そんな密やかな音だったから、喧噪の中に溶けて消えてもいいのだ。
「・・・君たちの愛するものも、守ってくれるといいね」



 けれど、この心に響いたものだけは、ちゃんと受け取って行くから。








作品名:なつもよう 作家名:みとなんこ@紺