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いつかに失った季節の話

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ある春のこと

 桜が今年も美しく咲いた。
 秋に散った葉は養分になって、凍える冬を乗り越えた樹は、空さえも霞ませるほど見事に花を咲かせている。
「無駄な死がないって、ホントなんですね。雲雀さん」
 俺は手ごろな枝に横になって肘をついて、桜を見上げる雲雀さんを見つめていた。
 雲雀さんはぼんやりとした眼で樹を見つめているようだけど、本当に見ているのか俺にはわからない。本当は桜なんかじゃなくてもっと遠く、置いていかれた過去を見ているのかもしれない。
 そんなもの、いくら見つめた所で掴める筈がないのに。雲雀さんには、今とか未来とかを見ていてもらいたいのに。
 考えるよりも先に身体を動かしてた、何時だってトンファーを手にどこにでも行ってしまった彼はどこに行っちゃったんだろう?
 今の彼は、ただ長い時を同じ所で生きる樹の様に、一つの物に自らを縛り付けて動けないでいる。
「もっと違う物を掴もうとしてよ」
 綱吉が、ひらひらと舞う花弁に手を伸ばせば、それは綱吉の手に触れて下へと落ちる。綱吉の目の前で、花弁は雲雀の唇をかすって地に落ちた。
 そこは俺のなのに! 花弁の分際で!!
「ああっ」
 声を上げれば、ぼんやりと桜の樹全体を眺めていた雲雀の目が、確かに綱吉の方を捉えた。
 気のせいかもしれないけれど確かに、雲雀さんは一瞬俺を見つめて、そして笑った気がした。

 雲雀さんはそのまま後ろを向いて歩き始めてしまったから、さっきのが本当だったのか気のせいだったのかはわからない。


 でも俺は、その一瞬に満足して、漸く目を閉じた。

 あの人と触れ合う為に、もう一度生きよう。



  ひらひらと舞う桜に見送られて、俺は漸く意識を閉ざした。