「 拝啓 」 (5)
今日は、いつもより早く目が覚めた
一人分の朝食を食べて、課題のレポートを終わらせた
昼食も簡単に済ませて、洗濯物をして、部屋の掃除をした
買い物にも行かなくちゃ、と財布を持って玄関に向かう
けれどカレンダーの前で足は止まってしまった
赤い罰印だらけのカレンダーの、一つだけ丸で囲まれた今日の日付を見つめる
「…臨也、さん」
大きすぎるベッドで一人で寝るのも、広すぎる部屋で一人で過ごすのも、もうおしまい
だって、今日、帰ってくるんだ
臨也さんが、帰ってくるんだ
ご飯を食べていても、家事をしていても、なにをしていても考えるのは臨也さんのことで
しっかり歩いているはずなのに、足元はふわふわしているみたいで
――馬鹿みたいに溺れてしまっていることは、ちゃんと自覚している
スーパーのビニール袋を下げて、新宿の街を歩くの何回目だろう
あぁ、そういえば割ってしまったカップ、どうしよう
怒るかな、呆れるかな、それとも、それとも…僕の怪我を心配してくれたりするだろうか
大きな絆創膏を貼った僕の人差し指を頭上に掲げる
臨也さんは自分の怪我には無関心の癖に、僕の怪我は酷く気にするところがあるから
慌てて、怒って、溜息を吐いて、それでもしょうがないなって困ったように笑う
外では見せない僕だけが知る、臨也さんの表情
出会ってからどんどん増えていく宝物
この三ヶ月で止まってしまったけれど、
(今日からまた、増えるよね)
ふわふわと、少し浮かれた気持ちを抱えながら歩いていると、あっという間に臨也さんの部屋に着いた
食材を冷蔵庫に入れ終えて、少しだけ休憩しようとテレビのもとへ向かう
テーブルの上に置かれたリモコンを手に取って、何気なくテレビの電源を入れた
――入れて、しまった
そして、見てしまった
馬鹿みたいに浮かれていた僕を、嘲笑っているかのような
悲しくて残酷な、夢のような現実を
***
(え、?)
(なに、これ)
大きなテレビの画面に映し出されたのは、真っ赤な炎
業火とも呼べそうなそれが、なにかの残骸を燃やし尽くしている
その残骸の元は飛行機だと気付いたのは、レポーターらしき人物がなにか喋りだしてからだった
「飛行機、事故…?」
現地にいるらしいそのレポーターは、現場の状況を伝えているようだ
けれど混乱している僕の頭は、レポーターの言葉を拾うことが出来ない
(まさか、)
嫌な予感で、胸が苦しくなった
息が上手くできない
視界がくらくらした
まだ決まったわけじゃない、これに彼が乗っているか分からない
けれど表示されている便名が、なんとなく見たことがある気がして
それは彼に教えてもらって、携帯電話にもメモしてあって
確認したら、きっときっときっと、きっと――
(ち、ちがっ……違う違う違う!)
これ以上見たくなくて、慌ててテレビの電源を消した
半ば投げ捨てるように手を離したリモコンは、大きな音を立ててテーブルに落ちた
ガチャンッ!という音は少し反響し、広い空間に吸収される
再び静寂を取り戻した空間で、僕は頭を抱えてソファーの上で蹲った
(ちが、う)
(気のせいだ、まさか、まさかそんな馬鹿なこと…!)
『帝人君』
臨也さんの声が、遠い
今まで鮮明に思い出せたはずのそれは、何故だか掠れて頭の中で反響する
まるで、本当にどこか遠くに行ってしまったように
(ど、して…なんで…っ)
(いざ、や…さ……臨也さん!)
その時、ポケットの中に入れていた携帯電話の通話の着信音が静寂を裂いた
震える手で取り出す、相手は
(新羅…さん?)
臨也さんの友人で、セルティさんの恋人で、“闇医者”を営む人
めったに電話なんて掛けてこない人が、なんで、なんて思ってると
さっきの業火が、頭を過ぎった
「……っ」
通話ボタンを、押したくなかった
このまま気付かないフリをしていたかった
(でも、)
(分かってる、それが一時凌ぎにしか過ぎないって)
絶えず鳴り響く着信音
逃げたい、聞きたくない、身体中が叫んでいる
でも、それでも、僕は
震える指で、通話ボタンを 押した
一人分の朝食を食べて、課題のレポートを終わらせた
昼食も簡単に済ませて、洗濯物をして、部屋の掃除をした
買い物にも行かなくちゃ、と財布を持って玄関に向かう
けれどカレンダーの前で足は止まってしまった
赤い罰印だらけのカレンダーの、一つだけ丸で囲まれた今日の日付を見つめる
「…臨也、さん」
大きすぎるベッドで一人で寝るのも、広すぎる部屋で一人で過ごすのも、もうおしまい
だって、今日、帰ってくるんだ
臨也さんが、帰ってくるんだ
ご飯を食べていても、家事をしていても、なにをしていても考えるのは臨也さんのことで
しっかり歩いているはずなのに、足元はふわふわしているみたいで
――馬鹿みたいに溺れてしまっていることは、ちゃんと自覚している
スーパーのビニール袋を下げて、新宿の街を歩くの何回目だろう
あぁ、そういえば割ってしまったカップ、どうしよう
怒るかな、呆れるかな、それとも、それとも…僕の怪我を心配してくれたりするだろうか
大きな絆創膏を貼った僕の人差し指を頭上に掲げる
臨也さんは自分の怪我には無関心の癖に、僕の怪我は酷く気にするところがあるから
慌てて、怒って、溜息を吐いて、それでもしょうがないなって困ったように笑う
外では見せない僕だけが知る、臨也さんの表情
出会ってからどんどん増えていく宝物
この三ヶ月で止まってしまったけれど、
(今日からまた、増えるよね)
ふわふわと、少し浮かれた気持ちを抱えながら歩いていると、あっという間に臨也さんの部屋に着いた
食材を冷蔵庫に入れ終えて、少しだけ休憩しようとテレビのもとへ向かう
テーブルの上に置かれたリモコンを手に取って、何気なくテレビの電源を入れた
――入れて、しまった
そして、見てしまった
馬鹿みたいに浮かれていた僕を、嘲笑っているかのような
悲しくて残酷な、夢のような現実を
***
(え、?)
(なに、これ)
大きなテレビの画面に映し出されたのは、真っ赤な炎
業火とも呼べそうなそれが、なにかの残骸を燃やし尽くしている
その残骸の元は飛行機だと気付いたのは、レポーターらしき人物がなにか喋りだしてからだった
「飛行機、事故…?」
現地にいるらしいそのレポーターは、現場の状況を伝えているようだ
けれど混乱している僕の頭は、レポーターの言葉を拾うことが出来ない
(まさか、)
嫌な予感で、胸が苦しくなった
息が上手くできない
視界がくらくらした
まだ決まったわけじゃない、これに彼が乗っているか分からない
けれど表示されている便名が、なんとなく見たことがある気がして
それは彼に教えてもらって、携帯電話にもメモしてあって
確認したら、きっときっときっと、きっと――
(ち、ちがっ……違う違う違う!)
これ以上見たくなくて、慌ててテレビの電源を消した
半ば投げ捨てるように手を離したリモコンは、大きな音を立ててテーブルに落ちた
ガチャンッ!という音は少し反響し、広い空間に吸収される
再び静寂を取り戻した空間で、僕は頭を抱えてソファーの上で蹲った
(ちが、う)
(気のせいだ、まさか、まさかそんな馬鹿なこと…!)
『帝人君』
臨也さんの声が、遠い
今まで鮮明に思い出せたはずのそれは、何故だか掠れて頭の中で反響する
まるで、本当にどこか遠くに行ってしまったように
(ど、して…なんで…っ)
(いざ、や…さ……臨也さん!)
その時、ポケットの中に入れていた携帯電話の通話の着信音が静寂を裂いた
震える手で取り出す、相手は
(新羅…さん?)
臨也さんの友人で、セルティさんの恋人で、“闇医者”を営む人
めったに電話なんて掛けてこない人が、なんで、なんて思ってると
さっきの業火が、頭を過ぎった
「……っ」
通話ボタンを、押したくなかった
このまま気付かないフリをしていたかった
(でも、)
(分かってる、それが一時凌ぎにしか過ぎないって)
絶えず鳴り響く着信音
逃げたい、聞きたくない、身体中が叫んでいる
でも、それでも、僕は
震える指で、通話ボタンを 押した
作品名:「 拝啓 」 (5) 作家名:朱紅(氷刹)