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どうしてこうなった

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夏。
毎年この季節になると必ず日本に連絡がつかなくなる。
6月はまだいい。
暑さと雨で参っているようだが、遊びにいけば家に上げてくれるし、茶だって出してくれる。
7月だって前半はまだましな方だ。
遠まわしに家には来るなと言われるけれど、メールを送れば3日以内には必ず返信が来るし電話をかけたら5回に1回は繋がる。
けれど7月の後半から8月にかけてはだめだ。
日本はこちらからのアクションになんの反応も返さなくなる。
8月も半ばを過ぎたあたりからはまた元通り連絡がつくようにはなるのはわかっている。毎年のことだ。でも落ち着かない。

ヴェストも春になると沈んで元気がなくなる。
俺が軽口を叩いても「ああ…」というばかりで表情を動かしすらしない。
ビールを飲まなくなる。
かと思ったら限界を超えるまでひたすら飲んで飲んで、飲みながら頭を抱えて辛そうに唸る。
そして夜、謝罪の言葉を叫びながら飛び起きる。
ひどい自己嫌悪に苛まれているのだ。
少し前の、世界を巻き込んだあの戦争が、ヴェストの心に未だ影を落としている。
だから日本も、と思う。思ってしまう。
日本がいちばんひどい状態だったのは、夏ごろだったと聞くから。

弱いところを見せるのを恥とするあいつのことだから、きっとひとりでいるのだろう。
「でもな日本。辛い時にひとりでいるのって、逆によくないんだぜ」
誰に聞かせるわけでもない。これは俺の持論だ。
辛い時にひとりでいると、どんどん悪い方悪い方に考えが行ってしまうから。
誰かと一緒にいて、無理矢理でもいいから笑ってしまうのがいちばんいい。無理やり浮かべた笑顔だって、すぐに本物の笑顔に変わるのだから。そうやって笑っていればすぐに辛いことなんて忘れてしまうのだから。
そして出来ることなら、その誰かが自分であればいいと思うのだ。

呼び鈴に触れる自分の指を見ながら深呼吸をひとつ。
そして指をそっと押しこむ。
ぴんぽーん、と少し間の抜けた音が遠くで鳴った。
日本は出てこない。
聞えなかったのかもしれない。
もう一度押してみる。今度は二回。
やはり日本は出てこない。
おかしい。留守だろうか。
引き戸に耳を当てて中の様子をうかがうと、微かに音楽がかかっているのが聞こえてくる。
確かに誰かが中にいる。
念のためもう一度だけ押してみる。
やはり反応はない。
どうしたものかと思っていると、奥の方からどたどたと乱暴な足音が聞こえてきて、玄関の引き戸ががらりと開いた。
「しつこいですよ!! 新聞も浄水器も宗教も間に合ってます! …あ…!」
臙脂色のジャージ。なにか漢字がプリントされたTシャツ。メガネ。冷えピタ。
それらを装備した日本が、俺の顔を見て青ざめている。
と思った瞬間玄関は閉められ、俺はまた一人炎天下の中にたたずむ。

「……え?」

普段は表情の少ない日本が、まるでこの世の終わりのような顔をして俺を見た。
一体どうして。
確かにアポなしで来てしまったのは悪かったと思うけれど、それにしたって今の反応は少し傷つく。
歓迎されるとは思っていなかったけれど、それにしたってもうちょっとあるんじゃないか。
日本は俺に会いたくなかったのだろうか。
俺は日本に嫌われているのか…?
確かに日本が今落ち込んでいる戦争の原因は俺みたいなものだ。
この時期にはいちばん見たくない顔のひとつなのかもしれない。
日本に、嫌われている。
情けないことに、そう思うだけで涙腺がゆるんだ。
それでも涙だけはこぼすまいと、まばたきをやめて空を見上げる。
しかしその努力を嘲笑うように涙はあふれ、目じりから耳に向かって滑り落ちていった。




どれくらい空を見上げていただろう。その時間は長かったような気もするし、案外短かったのではないかとも思う。
目の前の戸がからりと開いて、いつものように着物をきっちりと着込んで笑っているのかいないのかよくわからない表情を浮かべた日本が顔を出した。
「先程は失礼いたしました、プロイセン君。突然いらっしゃるので驚いてしましましたよ」
「お、おう…別に気にしてないぜ」
嘘だ。気にしている。
俺は日本にわからないようにそっと涙をぬぐった。
「どうぞ上がってください。なにもない家ですがくつろいでいってくださいね」
「い、いいのか…?」
「なにを言っているんです。あたりまえじゃありませんか」
いつもの日本だ。
とくに変わった様子はない。
先ほどの取り乱した様子も、心配していたほど落ち込んでいる様子も、ない。
けれど俺は言いたいことをほとんど呑み込んでしまうこいつの性格を、嫌と言うほど知っていた。
口に出さないだけで、本当は歓迎していないのかもしれない。俺に気を遣って嘘をついているのかもしれない。
こいつのことを疑うのは本当にいやだ。
いっそのこと俺のことが嫌いなのかと聞いてしまおうかと思う。
けれど「嫌いだ」といわれるのが怖くて俺はまたひきつった笑みを浮かべてしまう。
風鈴の音が心地いい居間に通される。
日本はお茶を持ってくるといって台所へと消えた。
何となく部屋を見渡す。普段と変わったところはない。
「…あれ?」
ふと目をやると、机の端に何か小さなものが張り付いているのが見えた。
「なんだこれ?」
つまみあげてみると、片面がぺたぺたと指にくっついた。どうやらシールらしい。
ずいぶん珍しい柄のシールだ。透明な地に、黒のドットが規則正しく並んでいる。日本が好みそうな柄とも思えない。誰かが貼って行ったのだろうか。
「あのメタボか…?」
日本の家にあがりこんで、あまつこんなところにシールまで貼っていきそうな奴を、俺は他に知らない。
俺の知らないところで勝手に日本と仲良くしているあいつに無性に腹が立った。
俺の知っているところで仲良くされても腹は立ったろうが。
しかし悲しいかな俺にはあのハンバーガー野郎と日本が仲良くするのを止める権利はないのだ。
そのことが無性に呪わしくて、小さく舌打ちをする。
台所につながる引き戸が音もなく開いて、お盆にふたつのグラスをのせた日本が現れた。
「お待たせしました。粗茶ですが、どうぞ」
「お、あ、ありがとな」
グラスを受け取ろうとした時、日本の手がびたりと止まった。
反動で中に入っていた麦茶が少しこぼれる。
日本はじっと俺を見ている。
いや、それは正しくない。正確には日本は俺の手の中のシールをじっと見ている。
「そ…それ…どこに…」
「テーブルの隅っこに貼ってあったぜ」
日本の顔は少し青い。またこの世の終わりのような顔で、俺の様子をちらちらとうかがっている。
「なんだよ。どうかしたのか?」
「…いえ…なんでも…」
俺はそんな日本の様子が気に入らない。
こいつは、何かを隠している。
一体なにを? どうして隠す必要があるというのか。
「なあ、日本」
「な…んでしょう?」
「このシール、なんだ?」
「え…と…」
歯切れの悪い返答。
気に入らない気に入らない気に入らない。
俺の口調は自然と強いものになる。
「なにを隠してる?」
「な、なにを言うんです、プロイセン君、私はそんな…そんな…」
そんな、と言ったきり、日本は口をつぐんでしまう。黒い瞳がきょときょとと落ち着きなく動く。
作品名:どうしてこうなった 作家名:ピロリ