怪-kai-
「・・・・・・もし?どうしました?」
深夜の人通りが途絶えた町角で、うずくまっている1人の着物姿の女に男が不審気に声をかけた。
「はい、少々・・・・・・飲み過ぎたよう、で・・」
気持ち悪いのか、やはり此方には顔を見せず女は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
近づいてみると確かに女から酒の匂いがする。何処かでしこたま飲んだのだろうか。ひどく苦しそうだ。
「それは・・・・・・大丈夫ですか?」
気を使って男が、苦しげなその女の背中をそっと撫でた。女はうずくまったまま堪えている。
(この人は大丈夫だろうか)
周囲を見渡しても誰も通りはしない。かといって、このままここに1人置いて行く訳にはいかない。それでなくとも深夜で女が1人というのは物騒この上ないのだ。さて、どうしたものか・・・・・・。
そうこうする内に苦しげに女がうめいた。男は不憫に思い。
「私が家までお送りしましょう。ささ、背中にお乗りなさい。」
そうして男は女に背中を向けながら申し出た。女は微かに礼をいうと男の背中にその身を預けた。途端にその背中に女の柔らかな感触と身体の重みを感じて男は内心、動揺した。
(・・・・・・いや、いかんいかん!)
邪まな空想を振り払いそれを悟られまいとしてわざと、女に声をかけた。
「あの、貴女の家は何処でしょうか?」
「・・・・・・はい、△△町でございます・・・・・・」
△△町といえば自分の家の近所でもある。
「ちょうどいい。私もその近所なのでそこまで送りましょう。」
「・・・・・・ありがとうございます。お手数をかけます・・・・・・」
そうして男は背中に女をおぶって歩き出した。
あまりも夜が更け過ぎているのだろうか。不思議なことに△△町に行く途中、やはりというか人が通り過ぎる気配がなかった。
でも、と男は思う。人に会わないこんな夜も珍しい。飲み屋から男が帰路につくのは深夜が多いのだが2・3人は偶然出逢うことがある。それは見回りの警官だったり、火の用心の男だったりするのだが。
しかし不思議なことにその日は誰も通らず、虫食いのような家の灯りもない。ただ舗道にある街灯の灯りだけが頼りなげにぽつぽつと男の足元を照らしているだけだ。
(・・・・・・おや?)
ふいに男は気がついた。自分の頭の中ではそろそろ△△町に足を踏み入れてもいい頃だ。
・・・・・・それなのに視界に見える風景は何故か先程から変っていないように思えた。
いつまで経っても変わらない風景にどことなく薄ら寒い気さえしてくる。
勿論、背中には女の身体の重みが伝わってくる。
深夜に眠る町、頼りなげな街灯の灯り・・・・・・歩いても歩いても変らないような、進んでいないようなあやふやな感覚。
(・・・・・・おかしい・・・・・・)
男は首を傾げた。自分でもおかしいと感じているのに、理性が邪魔してそんなことはありえないと思っている。
「あのぉ・・・・・・貴女は、どうしてあんな所に?」
考えるとおかしくなりそうなので、気を紛らわそうと男は背中の女に声をかけた。
「・・・・・・もし?」
返事がすぐに返ってくるものだと男は思っていた。しかし、女からはなんの返事もない。男は耳を澄ました。
どうしたのだろう。いつ待っていても女からの返事はない。
「もし?」
背中には変らずに女の重さが伝わってくるのに・・・・・・女からは何の返事もない。
おかしい。おかしい。おかしい――言い知れぬ不安が男を襲う。
否。もしかしたら寝ているのかもしれない。だから返事がないのだろう――・・・・・・
(・・・・・・そうだ、そうに決まっている・・・・・・)
ふと思いついた可能性に男は身を奮い立たせた。
その反面、男はわかっていた。
心の中に染み付いた不安はそうそう拭い去ることは出来ない。平気な振りをしていてもそれは大きくなるばかりだ。
(寝ているだけだ。△△町ももう、そろそろだ・・・・・・)
錯覚じゃぁないですよ。
突然、闇に生まれた言葉に男は魂が抜き出る程に驚いた。
聞き覚えのない声。
「・・・・・・っ?」
男は視線を周囲に走らせた。しかし闇だけがあるばかりで誰もいない。
するり・・・・・・
「ヒィっ!?」
途端に何かが首に巻きついて男は悲鳴を上げた。
冷たい感触が伝わってきて男の恐怖感を煽る。堪らず男は身を捩り逃れようとしたが、びくともしない。
(なんなんだ・・・・・・っ、なんなんだ・・・・・・っ!?)
逃げようったって無駄さぁ。
男のようにも、女のようにも、子供のようにも聞こえてくる声。
―――おいで。
ありとあらゆる所から男に向かって木霊を投げかける。
さあ、一緒に来るんだよぉ・・・・・・っ
「やめてくれっ・・・・・・!やめてくれぇぇぇぇっ!!」
執拗に聞こえてくる声は時には優しく、時にはおどしをかけ男を惑わせる。
男はまだ聞こえてくる声に耳を塞いだ。
全身に力を入れた――が。
「やめて・・・・・・く・・・・・・れぇ・・・・・・」
見えない力が男の足を操って前に進ませようとする。
男は恐怖に顔を強張らせ、唇を食いしばり足を踏ん張ってそれを止めようとするが、それは適わずゆっくりと勝手に足は進みだす。
(誰か・・・・・・っ、誰かっ・・・・・・)
心の中で助けを求めた。
身体が自分の身体が何かに引き寄せられてしまう。けれど、変らない闇の風景には男以外には誰もいない。
男を助ける者は誰もいないのだ――。
深夜の人通りが途絶えた町角で、うずくまっている1人の着物姿の女に男が不審気に声をかけた。
「はい、少々・・・・・・飲み過ぎたよう、で・・」
気持ち悪いのか、やはり此方には顔を見せず女は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
近づいてみると確かに女から酒の匂いがする。何処かでしこたま飲んだのだろうか。ひどく苦しそうだ。
「それは・・・・・・大丈夫ですか?」
気を使って男が、苦しげなその女の背中をそっと撫でた。女はうずくまったまま堪えている。
(この人は大丈夫だろうか)
周囲を見渡しても誰も通りはしない。かといって、このままここに1人置いて行く訳にはいかない。それでなくとも深夜で女が1人というのは物騒この上ないのだ。さて、どうしたものか・・・・・・。
そうこうする内に苦しげに女がうめいた。男は不憫に思い。
「私が家までお送りしましょう。ささ、背中にお乗りなさい。」
そうして男は女に背中を向けながら申し出た。女は微かに礼をいうと男の背中にその身を預けた。途端にその背中に女の柔らかな感触と身体の重みを感じて男は内心、動揺した。
(・・・・・・いや、いかんいかん!)
邪まな空想を振り払いそれを悟られまいとしてわざと、女に声をかけた。
「あの、貴女の家は何処でしょうか?」
「・・・・・・はい、△△町でございます・・・・・・」
△△町といえば自分の家の近所でもある。
「ちょうどいい。私もその近所なのでそこまで送りましょう。」
「・・・・・・ありがとうございます。お手数をかけます・・・・・・」
そうして男は背中に女をおぶって歩き出した。
あまりも夜が更け過ぎているのだろうか。不思議なことに△△町に行く途中、やはりというか人が通り過ぎる気配がなかった。
でも、と男は思う。人に会わないこんな夜も珍しい。飲み屋から男が帰路につくのは深夜が多いのだが2・3人は偶然出逢うことがある。それは見回りの警官だったり、火の用心の男だったりするのだが。
しかし不思議なことにその日は誰も通らず、虫食いのような家の灯りもない。ただ舗道にある街灯の灯りだけが頼りなげにぽつぽつと男の足元を照らしているだけだ。
(・・・・・・おや?)
ふいに男は気がついた。自分の頭の中ではそろそろ△△町に足を踏み入れてもいい頃だ。
・・・・・・それなのに視界に見える風景は何故か先程から変っていないように思えた。
いつまで経っても変わらない風景にどことなく薄ら寒い気さえしてくる。
勿論、背中には女の身体の重みが伝わってくる。
深夜に眠る町、頼りなげな街灯の灯り・・・・・・歩いても歩いても変らないような、進んでいないようなあやふやな感覚。
(・・・・・・おかしい・・・・・・)
男は首を傾げた。自分でもおかしいと感じているのに、理性が邪魔してそんなことはありえないと思っている。
「あのぉ・・・・・・貴女は、どうしてあんな所に?」
考えるとおかしくなりそうなので、気を紛らわそうと男は背中の女に声をかけた。
「・・・・・・もし?」
返事がすぐに返ってくるものだと男は思っていた。しかし、女からはなんの返事もない。男は耳を澄ました。
どうしたのだろう。いつ待っていても女からの返事はない。
「もし?」
背中には変らずに女の重さが伝わってくるのに・・・・・・女からは何の返事もない。
おかしい。おかしい。おかしい――言い知れぬ不安が男を襲う。
否。もしかしたら寝ているのかもしれない。だから返事がないのだろう――・・・・・・
(・・・・・・そうだ、そうに決まっている・・・・・・)
ふと思いついた可能性に男は身を奮い立たせた。
その反面、男はわかっていた。
心の中に染み付いた不安はそうそう拭い去ることは出来ない。平気な振りをしていてもそれは大きくなるばかりだ。
(寝ているだけだ。△△町ももう、そろそろだ・・・・・・)
錯覚じゃぁないですよ。
突然、闇に生まれた言葉に男は魂が抜き出る程に驚いた。
聞き覚えのない声。
「・・・・・・っ?」
男は視線を周囲に走らせた。しかし闇だけがあるばかりで誰もいない。
するり・・・・・・
「ヒィっ!?」
途端に何かが首に巻きついて男は悲鳴を上げた。
冷たい感触が伝わってきて男の恐怖感を煽る。堪らず男は身を捩り逃れようとしたが、びくともしない。
(なんなんだ・・・・・・っ、なんなんだ・・・・・・っ!?)
逃げようったって無駄さぁ。
男のようにも、女のようにも、子供のようにも聞こえてくる声。
―――おいで。
ありとあらゆる所から男に向かって木霊を投げかける。
さあ、一緒に来るんだよぉ・・・・・・っ
「やめてくれっ・・・・・・!やめてくれぇぇぇぇっ!!」
執拗に聞こえてくる声は時には優しく、時にはおどしをかけ男を惑わせる。
男はまだ聞こえてくる声に耳を塞いだ。
全身に力を入れた――が。
「やめて・・・・・・く・・・・・・れぇ・・・・・・」
見えない力が男の足を操って前に進ませようとする。
男は恐怖に顔を強張らせ、唇を食いしばり足を踏ん張ってそれを止めようとするが、それは適わずゆっくりと勝手に足は進みだす。
(誰か・・・・・・っ、誰かっ・・・・・・)
心の中で助けを求めた。
身体が自分の身体が何かに引き寄せられてしまう。けれど、変らない闇の風景には男以外には誰もいない。
男を助ける者は誰もいないのだ――。