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ソリチュード・Ⅱ

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『私はセルティ・ストゥルルソン。デュラハンという妖精で運び屋をしている』
「僕は岸谷新羅、闇のお医者さんをしているよ!」
「竜ヶ峰、帝人といいます、10歳です」
とりあえず互いに自己紹介を終えたあと、どうして自分がこの部屋にいるのか分からない帝人に。セルティが昨夜の出来事を話した。
自分の横にテディベアを座らせて、一通り聞き終えた帝人は、幼子らしからぬ表情で考え込んだ。
その横で、新羅も一緒にうんうん考え込んでいる。
『どうした新羅』
「いや、竜ヶ峰っていう名前がね…どっかで聞いたことあるなぁと思って」
もうちょっとで出てきそうなんだけどねぇ、と新羅が首を捻る。
「…それは、何日か前の新聞じゃないですか?」
帝人が発した言葉に「『え?』」と肉声とPDAがそろい、そこでハッとしたように新羅が立ち上がるとマガジンラックを漁って新聞を掴むと返ってくる。
バサバサといくつかページを捲ってから「ここだよここ!」と一つの小さな記事を指差した。
「意外と住所が近所だったから、印象に残ってたんだよね」


自宅にて、竜ヶ峰 皇(こう)、妃代(きみよ)夫妻の死体が発見される。
外傷もなく、当局は無理心中の末の自殺と断定した。


「…僕の両親です」
呟いた帝人の顔を、新羅とセルティは見つめた。その瞳には苛烈なまでの憎悪が浮かんでいた。
「自殺だなんて、そんなはずないのに…」
「でもおかしいよね」
不思議なことに、この記事では娘である帝人のことに一言も触れられていないのだ。
「だったら帝人くんは、そのご両親を殺した人間が依頼して運ばれたのかな?」
「それは多分、違うと思います」
「…たしかに両親を殺しているのなら、帝人くん本人も見つけたら始末していそうなものだよね」
『新羅!』
「いたッ!痛いってゴメンよセルティ!ッもが」
幼子に対してズバズバとデリケートな話題を出す新羅に、首から口元にかけてセルティの影が締め上げる。
「あ、いえ、あの!大丈夫ですから!」
酸素ぉ!とモガモガしている新羅に、帝人は慌ててセルティを止める。
「ぷはぁッ!それにしても帝人くんはシッカリしてるなぁ~」
『ああ、そうだな』
「そうですか?」
「普通の10歳児と較べれば絶対的に語彙が豊富だし、言い回しも大人顔負けだよ。それに性格も落ち着いているし、何よりも可愛い!」
「………」
黙り込んだ帝人に、あれ?僕何かマズいこと言った?と新羅は首を傾げる。
「確信はないですけど、僕を運ぶようセルティさんに依頼したのは、父だと思います」
『帝人の父親が?!』
「おそらく、僕を生かすために…」
『・・・・・・・・・・・』
「セルティさんは、お仕事の依頼はパソコンのメールで受けているんですか?」
『ああ、私が個人的に受けるものはそうしている。それに昨今のインターネット事情は手紙や電話にくらべて痕跡も残りにくい。それ以外の依頼は新羅が持ってくる』
「なるほど…」
納得した帝人は更に口を開く。
「その、僕が入った箱を運ぶよう依頼した方のハンドルネームって【すいかり】ではないですか?」
『?!』
ガタッとセルティの身体が揺れる。
「そうなのかい、セルティ」
一瞬その手が震えるが、すぐにセルティは素早くPDAを操作する。
『なぜそれを知っている?!』
「…それは、僕の父親が好んでよく使っていた名前だからです。もしかしてと思ったんですけど、やっぱり」
テーブルの上にあったメモ帳に【KOH】と帝人はボールペンで書く。それをヒョイと横から見た新羅が言った。
「水酸化カリウムの化学式だね」
「はい、それに僕の父親の名前は【皇(こう)】といいます」
「なるほど、水酸化カリウムを略して【すいかり】。分かりやすいといえば分かりやすいね」
うんうんと新羅は納得している。
「他に同じ名前を使っている人がいないとも限りませんが」
『いや、この依頼人は今回が最後だと言っていた。事実、帝人くんのお父さんは亡くなっている。これは偶然の一致にしては出来すぎている』
「…おとうさん」
小さく帝人が呟いた。
「にしても、帝人くんのお父さんは何をしている人なのかな?」
運び屋のセルティに依頼できたり、その内容が自分の娘を運ぶことだったり、そして殺されてしまったりと、明らかに普通の人ではない。
キョトンと新羅を見上げた帝人だったが、暫くして口を開いた。
「不躾ですけど、新羅さんは岸谷森厳さんとご親戚かなにかですか?」
いきなり出てきた自分の父親の名前に新羅は吃驚する。
「え!なに帝人くん、父さんを知ってるの?!」
「えと、一度だけお会いしたことがあります。日本は空気が悪いからってガスマスクをしてて、白衣を着てらして」
「…あ、うん。それは間違いなく父さんだね」
この平和ボケともいえる日本でガスマスクをしているなんて、いつ如何なるときも自分のポリシーを曲げない実父しかいない。もしくは非常事態に対処している警察か自衛隊くらいなものだ。
岸谷森厳を知っているということは、どう考えても裏世界に片足を突っ込んでいる人物ということになる。
「森厳さんの息子なら大丈夫か…」
自分を納得させるように呟いて頷いた帝人は、顔を上げる。
「新羅さんはダラーズってご存知ですか?」
「軽くだけど、池袋最大のカラーギャングの名前だよね」
『もともとは電脳世界のコミュニティだったのが、集団が大きくなりすぎて現実社会にまで飛び出してしまったものだ』
「決まった色を持たず、入るも抜けるも自由。そのため誰がダラーズなのか実際に把握している人はほとんどいないんじゃないかな」
「僕の父はそのダラーズの管理者です」
「『ええ?!』」
「…いや、でしたっていう方が正しいのか」
もう死んでしまっているのだから。
「今は多分、暫定的に代理の方が管理をしてくださっていると思います」
ポカーンという表現が正しい表情で固まった新羅と、雰囲気で同じようになっているセルティを帝人は不思議そうに見上げる。
「それで、父は情報屋をしてて、」
「ちょっとまって!」
「え?」
『帝人のお父さんは、ダラーズの管理者で、情報屋をしているのか』
「うん、冷静なセルティも好きだよ」
『私も驚いている』
「ダラーズってあのダラースだよね?」
「ダラーズって他にあるんですか?」
「いや、ないと思うけど…」
『私も他に知らない』
目の前にいる少女の父親が、あの池袋最大のカラーギャング・ダラーズのコミュニティ管理者だとは、世間は狭い、偶然って恐ろしい。
「もともと父は情報を集めるのが趣味だったんです。そのうち色んなツテができて、様々な多種多様な情報が集まってくるようになったそうです。そうしていくと、その情報を知りたいっていう人が出てきました」
「なるほど、需要と供給が成り立ったわけだ」
「ダラーズも、最初は情報を集めるためのツールでしかなかったそうです」
『だがネットを媒介にした集団は、現実世界にも侵食しだした』
「はい、ダラーズは大きくなりすぎました。その中にはダラーズという名前を利用する人もいましたが、ダラーズそのものを欲しがる人も出てきました」
作品名:ソリチュード・Ⅱ 作家名:はつき