ソリチュード・Ⅲ
深夜の道路にブレーキ音を響かせることもなく、ごく静かにセルティはシューターを停止させた。サイドカーには新羅と、新羅の膝の間に納まっている帝人がいた(+テディベア)。
「一応前もって連絡はしてるけど、誰を連れていくかは言ってないから」
自分で説明できるね、と尋ねる新羅に帝人は力強く肯定した。
『私は今でも反対だ!今ならまだ戻れるぞ』
「セルティさん…」
PDAを見せてくるセルティに、だが帝人は首を振る。
「どうしても、しなきゃならないことがあるんです」
『帝人がそこまで言うのなら仕方ない…。でも心配だ』
「それなら、僕達も一緒についていっても良いかい?」
非常に不安を顕にするデルティに、ならばと新羅は帝人に提案する。
「それは構いませんけど、」
「けど?」
「僕の言うことに、口を挟まないでもらえますか?」
決意を秘めた紺碧の瞳に、新羅は頷かずをえなかった。
自分でドアを開けて入ろうとした帝人だったが、それを新羅とセルティが押し留めて、二人が先に事務所へ入ることにした。
まず入ると待合室のような部屋に出て、そこから先は話を通しておいたからか舎弟らしき青年に先導されて奥の部屋へ案内された。
室内でもヘルメットを取らないライダースーツの女性に白衣を身に付けた胡散臭い青年、それに幼い少女という取り合わせは一種の異様な雰囲気を醸し出していた。
通された部屋は、どこかで見た事のあるヤクザの事務所を彷彿とさせるような佇まいとは違い、普通の応接室のようだった。重厚感溢れる黒いソファーにガラスのテーブル。薄型テレビが乗っている棚には、高そうな花瓶に沈丁花が生けられている。
奥の一人掛け用のソファーに座っているのは粟楠幹彌。実質的に粟楠会の次期会長と見なされている。その斜め前あたりに立っている痩身の男性が四木。そしてもう一人、四木とは反対側に立っている、顔に左目のあたりに走った傷と色眼鏡が印象的な男、赤林。
てっきり四木だけが待っていると思っていたのだが、そういう訳にはいかなかったようだ。
「私に御用とのことですが、」
四木がこちらに向かって言うと、新羅とセルティの間からスッと帝人が前に出た。
「こんにちは四木さん、竜ヶ峰帝人です」
ペコリと帝人は四木にお辞儀をする。
「きみは…」
驚いたように四木は帝人を見ると、視線を合わせるように跪く。
「皇さんと妃代さんの、」
「はい」
「探していたんですよ、現場のどこにもいなかったので」
「お願いがあるんです」
「お願い?」
突然の帝人の言葉に、四木は訝しげにする。
「はい」
抱いていたテディベアを横に置くと、コロンとそれは前屈みに倒れる。だがそんなことは気にせず、帝人はその場で膝を付いた。
ペタリと座り込んだ帝人はそのまま頭を下げる。床に額を擦り付けるように低く。バサリと帝人の黒髪が地に広がった。
「どうか父と母を殺した人を殺してください」
お願いします。どうか父と母を殺した人を殺してください。お願いします。どうか父と母を殺した人を殺してください。お願いします。
繰り返し繰り返し、それ以外の言葉を知らないかのように何度も重ねる帝人に、その場にいた大人は絶句した。職業柄汚い仕事もしてきたし、だからといって今更引き返すつもりも後悔もない。だがほんの少し残っている良心というやつが、この少女の姿を見ると痛むのだ。
『帝人、やめるんだ』
「そうだよ、殺すなんて穏やかじゃない」
セルティと新羅が帝人を起き上がらせようと手を伸ばすが、それより先に帝人を抱き上げる腕があった。
「頭を上げてください、帝人さん」
「四木さん…」
でも、と唇を噛み締める帝人の額を軽く拭い、四木は帝人の床に付いた膝とワンピースも払ってやる。
「どうしても、父と母を殺した人が許せないんです。それを仕向けた組織も」
だから…、と呟いた帝人に、四木は僅かに目を見開く。
抱き上げた帝人をソファーに座らせ、その向いのソファーに四木は座る。セルティが帝人の隣に、先程の持ち主と同じような体勢になっていたテディベアを座らせる。
「帝人さんは、誰がご両親を殺めたのか、既にご存知なんですか?」
「大体の目星は付いています。でも、それはソチラも同じことでしょう?」
「どうしてそう思われるんですか?」
「どうしてって、蛇の道は蛇、餅は餅屋でしょう?むしろ調べがついていないことの方が、粟楠会の力を疑います」
心底不思議そうに言った帝人に、「クッ、ハハハハハ」笑い声が部屋に響いた。
「赤林さん…」
おかしそうに笑い出した赤林に、四木が冷たい目線をやる。
「いや、すみません。このお嬢ちゃん、なかなか胆の据わったものだと思いましてね」
面白そうに赤林は色眼鏡越しに帝人を見る。
「お嬢ちゃん、こちらがそれを断ったらどうするんだい?」
赤林の質問に帝人は軽く首を傾げると、口を開いた。
「だったら、僕が殺します」
『なっ?!』
「帝人くん、それは本気かい?!」
「もちろん本気です」
驚く新羅とセルティに、帝人は頷いて返す。
「だがお嬢ちゃんにそれが出来るとは思えねぇなあ」
「そうですね、敵を根絶やしにすることは、できないでしょう」
帝人は赤林の言葉に同意する。赤林も我が意を得たりというような顔をした。
ブンッと赤林の顔面にテディベアが飛んでくる。反射的に避けようと身体を捻ったところで胸元に強い衝撃が走り、息が詰まる。体勢を崩していたことも相俟って赤林は後ろに倒れこむ。
胸元に馬乗りになるようにして帝人が乗っており、赤林の首元には長さ10センチ程の畳針が付きつけられていた。
「でも一人ぐらいなら、なんとかなります」
「一人だけ仕留めても、残りはどうするんですか?」
四木の質問に帝人は、赤林から目を逸らさずに答える。
「残りは、僕がもう少し大人になってからにします。今の身体だと色々と不便ですから」
でも僕が成長している間も、あいつらがノウノウと生きているというだけで虫唾が走ります。だから粟楠会に頼んだんです。結局僕は、子どもでしかありませんから…。
スッと赤林から離れると、スミマセンと謝ってから投げ飛ばしたテディベアを取りにいく。
「末恐ろしい子ですね」
「将来有望すぎますぜ」
四木と赤林が呟くのに、今まで静観していた粟楠幹彌が口を開いた。
「あの子の望みを叶えてあげようか」
「どうしたんですか、いきなり」
「四木もそうしようと思っていたんだろう?」
「それは、まぁ…」
「赤林に異論はなさそうだし」
「私はどっちかっつーとあの嬢ちゃんに興味がありますねぇ」
「そんなこと言ってるからロリコンとか言われるんですよ」
「それは濡れ衣ですぜ」
とほほ、としている赤林の姿に、テディベアを取ってきた帝人が不安そうに彼を見上げた。
「あの、ごめんなさい…初めて会った方に失礼なことしてしまって」
「いやいや大丈夫だよ。もともと、おいちゃんが嬢ちゃんを挑発するようなこと言ったのが悪いんだからねぇ」
「そう言ってもらえると、ありがたいです」
もう一度ペコリと頭を下げると、黙って帝人の行動を見ていたセルティと新羅を見る。
「こんな子、やっぱり嫌ですよね」
はぁ、と子どもらしからぬ溜息を吐いた帝人を、四木と赤林が見る。
「一応前もって連絡はしてるけど、誰を連れていくかは言ってないから」
自分で説明できるね、と尋ねる新羅に帝人は力強く肯定した。
『私は今でも反対だ!今ならまだ戻れるぞ』
「セルティさん…」
PDAを見せてくるセルティに、だが帝人は首を振る。
「どうしても、しなきゃならないことがあるんです」
『帝人がそこまで言うのなら仕方ない…。でも心配だ』
「それなら、僕達も一緒についていっても良いかい?」
非常に不安を顕にするデルティに、ならばと新羅は帝人に提案する。
「それは構いませんけど、」
「けど?」
「僕の言うことに、口を挟まないでもらえますか?」
決意を秘めた紺碧の瞳に、新羅は頷かずをえなかった。
自分でドアを開けて入ろうとした帝人だったが、それを新羅とセルティが押し留めて、二人が先に事務所へ入ることにした。
まず入ると待合室のような部屋に出て、そこから先は話を通しておいたからか舎弟らしき青年に先導されて奥の部屋へ案内された。
室内でもヘルメットを取らないライダースーツの女性に白衣を身に付けた胡散臭い青年、それに幼い少女という取り合わせは一種の異様な雰囲気を醸し出していた。
通された部屋は、どこかで見た事のあるヤクザの事務所を彷彿とさせるような佇まいとは違い、普通の応接室のようだった。重厚感溢れる黒いソファーにガラスのテーブル。薄型テレビが乗っている棚には、高そうな花瓶に沈丁花が生けられている。
奥の一人掛け用のソファーに座っているのは粟楠幹彌。実質的に粟楠会の次期会長と見なされている。その斜め前あたりに立っている痩身の男性が四木。そしてもう一人、四木とは反対側に立っている、顔に左目のあたりに走った傷と色眼鏡が印象的な男、赤林。
てっきり四木だけが待っていると思っていたのだが、そういう訳にはいかなかったようだ。
「私に御用とのことですが、」
四木がこちらに向かって言うと、新羅とセルティの間からスッと帝人が前に出た。
「こんにちは四木さん、竜ヶ峰帝人です」
ペコリと帝人は四木にお辞儀をする。
「きみは…」
驚いたように四木は帝人を見ると、視線を合わせるように跪く。
「皇さんと妃代さんの、」
「はい」
「探していたんですよ、現場のどこにもいなかったので」
「お願いがあるんです」
「お願い?」
突然の帝人の言葉に、四木は訝しげにする。
「はい」
抱いていたテディベアを横に置くと、コロンとそれは前屈みに倒れる。だがそんなことは気にせず、帝人はその場で膝を付いた。
ペタリと座り込んだ帝人はそのまま頭を下げる。床に額を擦り付けるように低く。バサリと帝人の黒髪が地に広がった。
「どうか父と母を殺した人を殺してください」
お願いします。どうか父と母を殺した人を殺してください。お願いします。どうか父と母を殺した人を殺してください。お願いします。
繰り返し繰り返し、それ以外の言葉を知らないかのように何度も重ねる帝人に、その場にいた大人は絶句した。職業柄汚い仕事もしてきたし、だからといって今更引き返すつもりも後悔もない。だがほんの少し残っている良心というやつが、この少女の姿を見ると痛むのだ。
『帝人、やめるんだ』
「そうだよ、殺すなんて穏やかじゃない」
セルティと新羅が帝人を起き上がらせようと手を伸ばすが、それより先に帝人を抱き上げる腕があった。
「頭を上げてください、帝人さん」
「四木さん…」
でも、と唇を噛み締める帝人の額を軽く拭い、四木は帝人の床に付いた膝とワンピースも払ってやる。
「どうしても、父と母を殺した人が許せないんです。それを仕向けた組織も」
だから…、と呟いた帝人に、四木は僅かに目を見開く。
抱き上げた帝人をソファーに座らせ、その向いのソファーに四木は座る。セルティが帝人の隣に、先程の持ち主と同じような体勢になっていたテディベアを座らせる。
「帝人さんは、誰がご両親を殺めたのか、既にご存知なんですか?」
「大体の目星は付いています。でも、それはソチラも同じことでしょう?」
「どうしてそう思われるんですか?」
「どうしてって、蛇の道は蛇、餅は餅屋でしょう?むしろ調べがついていないことの方が、粟楠会の力を疑います」
心底不思議そうに言った帝人に、「クッ、ハハハハハ」笑い声が部屋に響いた。
「赤林さん…」
おかしそうに笑い出した赤林に、四木が冷たい目線をやる。
「いや、すみません。このお嬢ちゃん、なかなか胆の据わったものだと思いましてね」
面白そうに赤林は色眼鏡越しに帝人を見る。
「お嬢ちゃん、こちらがそれを断ったらどうするんだい?」
赤林の質問に帝人は軽く首を傾げると、口を開いた。
「だったら、僕が殺します」
『なっ?!』
「帝人くん、それは本気かい?!」
「もちろん本気です」
驚く新羅とセルティに、帝人は頷いて返す。
「だがお嬢ちゃんにそれが出来るとは思えねぇなあ」
「そうですね、敵を根絶やしにすることは、できないでしょう」
帝人は赤林の言葉に同意する。赤林も我が意を得たりというような顔をした。
ブンッと赤林の顔面にテディベアが飛んでくる。反射的に避けようと身体を捻ったところで胸元に強い衝撃が走り、息が詰まる。体勢を崩していたことも相俟って赤林は後ろに倒れこむ。
胸元に馬乗りになるようにして帝人が乗っており、赤林の首元には長さ10センチ程の畳針が付きつけられていた。
「でも一人ぐらいなら、なんとかなります」
「一人だけ仕留めても、残りはどうするんですか?」
四木の質問に帝人は、赤林から目を逸らさずに答える。
「残りは、僕がもう少し大人になってからにします。今の身体だと色々と不便ですから」
でも僕が成長している間も、あいつらがノウノウと生きているというだけで虫唾が走ります。だから粟楠会に頼んだんです。結局僕は、子どもでしかありませんから…。
スッと赤林から離れると、スミマセンと謝ってから投げ飛ばしたテディベアを取りにいく。
「末恐ろしい子ですね」
「将来有望すぎますぜ」
四木と赤林が呟くのに、今まで静観していた粟楠幹彌が口を開いた。
「あの子の望みを叶えてあげようか」
「どうしたんですか、いきなり」
「四木もそうしようと思っていたんだろう?」
「それは、まぁ…」
「赤林に異論はなさそうだし」
「私はどっちかっつーとあの嬢ちゃんに興味がありますねぇ」
「そんなこと言ってるからロリコンとか言われるんですよ」
「それは濡れ衣ですぜ」
とほほ、としている赤林の姿に、テディベアを取ってきた帝人が不安そうに彼を見上げた。
「あの、ごめんなさい…初めて会った方に失礼なことしてしまって」
「いやいや大丈夫だよ。もともと、おいちゃんが嬢ちゃんを挑発するようなこと言ったのが悪いんだからねぇ」
「そう言ってもらえると、ありがたいです」
もう一度ペコリと頭を下げると、黙って帝人の行動を見ていたセルティと新羅を見る。
「こんな子、やっぱり嫌ですよね」
はぁ、と子どもらしからぬ溜息を吐いた帝人を、四木と赤林が見る。