(インテ新刊サンプル)翼あるもの
「…つなよし?」
「あなたに我らが姫君の名を呼ぶ資格はない」
思わず反芻した男に、骸が冷ややかに言い放つ。
「それに、『並盛の王』雲雀恭弥が天羽族だったなんて…」
「恭弥君が天羽族だと公表された記憶もないですが、だからといってただの人間だと公言された記憶もありませんよ。今の僕らは得てして、畏怖されるか虐げられるかのどちらかでしかない」
「ということはまさか、お前も…」
「ええ、想像に違わず。僕もあの子も、天羽族ですよ」
「ここを出るよ、綱吉」
綱吉、と呼ばれた少女が恭弥を見上げ、不安げに琥珀色の瞳を揺らがせる。
「でも、教団の人間が…」
「僕の街なら安全だよ」
「そうですよ、姫君。僕と凪の住む街でも充分安全ですが、恭弥君の傍にいる方がずっと良いですから」
ごつ、と大きな音がして、骸に拘束されていた教団の男がリノリウムの床に崩れ落ちる。
「死んだの…?」
「気絶させただけですよ。姫君の前での無用な殺生は僕の好みではない」
小さく肩をすくめた骸が綱吉の前に跪き、恭弥から預けられた彼女の華奢な両手を取って額に押し当てる。
「漸くお会いできました、我らの姫君。恭弥君と一緒に、ずっと探していたのですよ」
年長者や師匠、族長から、里で最も尊い立場に立つ巫女姫に至るまで。
跪き両手を額に押し当てる仕草は、天羽族の中では目上の者に対する最敬礼だった。
「さあ、僕らと一緒に外へ出ましょう。翼の収め方は解りますか?」
「…この羽、たためるの?」
「ええ、たためます。現にこうして、僕と凪は翼を出していないでしょう?」
「そっか、そうだよね…でも俺、やり方知らないんだ」
天羽族の子供は常に翼を外に出したままで生活し、一定の年齢に達すると成人の証として自らの力で翼を体の内側へと収める能力を会得する。
しかし幼い頃に他の者達と引き離され一人で監禁されていた綱吉には、その方法が解らない。
「そうですか…」
どうすればいいの?と首を傾げる綱吉に、骸は戸惑うような視線を向けた。
「恭弥君」
「うん」
頷いた恭弥が両手で綱吉の頬を包み、こつりと額を合わせる。
合わせた場所から、力が流れ込んでくるのが解る。
「僕の力は追えるね、綱吉?」
「はい」
「じゃあ、ついておいで。そうしたら翼をしまえるから」
「…はい」
恭弥のシャツの胸元をそっと掴んで、綱吉が頷く。
導かれるままに波動を追いかけていると、はたんと背中が軽くなった。
「…っふ、ぅ…」
「……ほら、できた」
あとに残るのは衣服の背中に残った二つの穴と、床に散らばった数枚の羽根。
「でき、た…」
「うん。慣れるまでの間、しばらくは僕がサポートしてあげるから」
「ありがとう、ございます」
同様に翼を収めた恭弥が、綱吉の髪をさらりとかき混ぜた。
「ところでここを出るけど…走れるかい?」
「わかり、ません。俺、ほとんどずっとここにいたから、あんまり歩いたりしてなくて」
「だったら僕が抱えて行った方が早いね」
「え、と、でも」
「綱吉一人くらいどうってことないよ」
「そうですよ、姫君。では僕が先に行きますから、凪は殿(しんがり)を」
「はい、骸様」
ひょいと恭弥が抱えれば、華奢な綱吉の体は文字通り羽根のような軽さで。
彼女が教団からどのような待遇を受けていたのかが容易に知れた。
(うちへ帰ったら、しっかり食べさせてあげないと)
作品名:(インテ新刊サンプル)翼あるもの 作家名:新澤やひろ